第202話【閑話】レスリー視点

あっという間にふさがっていく傷を見つめて、あぁやっぱりなと思う。

俺が学園を退学になったあの事件。

ずっと不思議だった。

俺が放った火球ファイアーボールが突然消えたから。

周囲は魔力切れだろうと言ったけれど、魔力切れでないことは自分が一番わかっている。

だとしたら誰が……。

どうやって魔法を消せるかなんて全くわからなかったが、必死に俺を見ていた平民少女の顔を思い出す。

あの平民がやったのか……?

そう考えたのも一度や二度ではない。

それでも、本を読むしかできないはずだと打ち消した。


けれど、今目の前で俺の傷を治すテルー嬢を見て思う。

やっぱり。

俺の火球ファイアーボールを消したのはこの子だ。

傷を治すだけではない。

ロボレスに倒され噛みつかれた時も、何もしていないのに急にロボレスがはじけ飛んだ。

そのあとは、何度も何度もロボレスが俺にかみつこうとしたけれど、見えない壁があるように一定のラインからは俺に近づけないようだった。

きっと何かしたのだろう。


学園にいる頃俺は、テルー嬢が憎かった。

俺は長男として、カーター領、領主の息子として自分には全く向いていないとわかっていながらも努力していた。

剣も、勉強も、立ち居振る舞いも。

でもどうしてもできない。

本当はやりたいことだってあった。馬にかかわる仕事だ。

それでも、そんな夢に蓋をして領主になるために頑張った。

全く成果は出なかったが、頑張った。

だってそれが長男の役目だから。

学園に入って案の定Cクラスで落ち込んだが、幼い時から一緒に遊んでいたジェイムスやアグネスもいて、ほっと胸をなでおろした。

だけど、それもほんの一瞬だ。

ジェイムスもアグネスも跡取りではないし、俺みたいに頑張っていないからCクラスなだけだ。

自分だけが落ちこぼれのようだった。

そんな劣等感もあったのだろう。

だから、平民のくせに、女のくせに、本を読むことしかできないくせに、自らの役目なんて関係ないとばかりに勉強し、徐々に頭角を現すテルー嬢が憎かった。


今思えば、ただの八つ当たりだ。

テルー嬢がしていたことは、俺がしたかったこと。

したかったのに、やる前からできないと諦めていたことだからだ。

男だから、長男だからという自分の役目にとらわれず、馬の仕事につきたいと、馬にかかわる仕事につけるよう努力を……すればよかったのだ俺も。


塀の上を歩き、門の上まで来た。

門横にある見張り用の階段から誰かが昇ってくる。

「兄さん!」

声をかけてきたのは、二つ離れた弟。

息を切らしているところを見ると、塀の上にいる俺やテルー嬢を見たのは弟だったようだ。

まだ学園入学前だというのに、強いからと言う理由で、ロボレス討伐にも参加していた。

「大丈夫? 回り込めないように追い払ってくれていたの兄さんでしょ。怪我……しなかった?」

「あぁ。通りすがりのいい人が治してくれた」

「良い人って塀の上にいた人たち?」

弟は良いやつだ。

おそらく弟は俺が学園に行く頃には、2歳上の兄を剣の腕でも、勉強の面でも追い越したと気が付いていたはずだ。

いつの間にか一緒に剣を打ち合うことはなくなったし、家庭教師も別の先生に変わったから。

徹底的に俺と比べられないようにしていたのだと思う。

「なぁ。お前は、領主になりたかったか?」

弟の問いには答えず、問いかける。

「え、いや……。領主は兄さんだと思って」

「いい。気を使わなくていい。俺は今の仕事が気に入っている」

しばらく沈黙したのち、弟が口を開く。

「そうだね。物心ついた時からずっとずっとなりたかった」

やっぱりな。

悪いことをした。

俺が両親を説得できれば、両親もできない俺にやきもきして声を荒げることはなかったし、弟に気を遣わせることもなかった。

俺は、頑張る方向を間違っていたのかもしれない。

「兄さんは僕の憧れだからさ。領主になるために頑張っていた兄さんみたいになりたくて、同じように頑張っているうちに、僕もいつの間にか領主になりたくなってた。ごめん」

「は? 憧れ?」

照れくさいのか弟がへへへと笑う。

「今日もさー。兄さんかっこよすぎだよ」

「どこがだよ」

俺は剣も振れない。

だから、せめて回り込ませないよう周りをうろちょろしてただけだ。

「だって剣もないのに、防具もつけず、身を挺してロボレスに突っ込んでいったじゃないか」

それ、ただの無鉄砲ってだけだろ。

俺はそう思ったが、弟はそうは思わなかったようだ。

「違うよ。兄さんがこのカーター領を大事にしているの知っている。大事なもの守るためにできることをしたんだよ。僕は強くて、騎士団と訓練もしている。だから一緒に討伐に行ったんだ。もし剣もなく、普段訓練もしていなかったら、何もできなかった……いや、しなかったと思う」

ニコニコ笑いながら、そういう弟を見て胸が痛んだ。

俺はそんなふうに思われるような人じゃない。

憧れられるような人では……。

自分の出来なさに苛立って、八つ当たりで火球ファイアーボールを投げつけるような奴だ。

最低なんだよ。

弟が俺が退学になった事件を知ってるかどうかわからない。

頭のいい弟だからきっと知っているんだろうとは思うが、それには一切触れず、今でも俺を慕っている。


「学園に入ったら……。男爵だからとか気にせず、ガンガンやれよ」

「ガンガン?」

弟は来年ナリス学園に入る。

きっと俺の不甲斐ない噂も聞くだろう。

最初は偏見を持たれるかもしれない。

弟には悪いことをした。

でも学園の連中もきっとすぐにわかるはずだ。

俺と弟が全く違うことに。

「俺のことを悪く言う奴がいるかもしれないし、男爵家のくせにと言う奴がいるかもしれない。けど、そんなもん気にすんなってこと。俺が通ってた頃いたんだよ。学園中から陰口叩かれても気にしない奴が」

これから話すのは、悪意をぶつけられても、平民でも、女でも、一般的に良いと言われるスキルでもなくても、気にせず努力した女の子の話。

これを話すには、俺の黒歴史も話すことになるが、聞いてほしいんだ。

俺の自慢の弟には。

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