第200話
シンと静まった店の中。
皆一応に思うところがあるのだろう。
最初に口を開いたのは、レスリー様だった。
「あぁ、えっと気にしないでくれ。俺、馬だけは誰よりも詳しい自信があって、今の仕事はすごく楽しいんだ。それに家族とも変なプレッシャーもなく関わることができるようになったし、俺の家は優秀な弟が継ぐし、テル―嬢には悪かったんだが、俺はこうなってよかったんだ」
レスリー様の家は長男であるレスリー様が継がねばとレスリー様もご両親も焦ってはいたが、家族仲は良好らしく、アグネスのように家を出されるわけでもなく、籍はそのままなのだそうだ。
馬には詳しいというレスリー様の言葉は本当らしく、店の裏手の馬を見に行った時のレスリー様はまるで水を得た魚のよう。
説明する顔も生き生きとしている。
適材適所。
火の扱いにたけた火魔法使いなら料理人、学のある貴族は国の中枢に。
それはそうなんだろうけれど、楽しそうに生き生きと働くレスリー様を見て思う。
何百、何千、何万といる人間の中に、誰一人として同じ人間などいなくて。
だからこそ、性別やスキルや身分などだけでは人を表すことはできないのだ。
現にスキルも身分にも恵まれているレスリー様の適所はきっとここだ。
レスリー様の見立てで馬車を買い、明日まで預かってもらう。
私とネイトは一度宿に戻る。
アグネスは久しぶりに会ったから、レスリー様ともう少し話してくるそうだ。
アグネスはレスリー様が送ってくれるというから、任せよう。
宿に戻って少しして、アグネスが帰ってきた。
息が切れていて、まるで走ってきたようだ。
「どうしたの?」
「ロボレスの集団が町に向かっているようです」
ロボレスは魔獣だ。
足が速く、尖った歯でがぶりとかみついてくる。
噛みつかれれば、足や手など簡単に切断されてしまうほど。
そんな魔獣が集団で?
「大丈夫かしら……」
「お嬢様、まさか」
呆れたネイトの顔を見つめて頷く。
魔獣と戦うのは、今も苦手だ。
でも私は結界が張れるし、怪我も治せる。
役に立てると思う。
「魔力切れだけは気を付けてくださいよ」
そう観念したように言うネイトと、「私も行きます!」と言うアグネスを連れてロボレスの集団が来るという南側へやってきた。
「だめだ! 今出ると危ない」
門番に引き留められ、門から出ることはできなかった。
ネイトが「こっちに」と言うので、一度門から遠ざかる。
しばらく町をぐるりと囲む塀沿いを歩く。
門番が見えなくなって、人通りも少なくなるとネイトは「叫んだらダメですよ」と言い、私を抱えて跳躍した。
なるほど。塀の上からならよく見える。
ネイトは一度塀から降り、アグネスを連れて再び上ってきた。
塀の上を歩き、人から見えぬよう死角になる位置から外を見る。
カーター領の騎士団は、一つにまとまり、一体一体確実に倒している。
倒しているのだが……ロボレスの数があまりに多い。
そのうち後方のロボレスが回り込もうと集団から離れた。
危ないなと思ったその時、門の下から勢いよく何かが飛び出してきた。
馬だ。
「お嬢様、
ネイトが言うので、
「レスリー様⁉」
飛び出した一頭の馬に乗っていたのは、レスリー様だった。
攻撃は一切していない。
けれど、右へ左へと縦横無尽に走り、はぐれロボレスたちを騎士団に近づけないようにしている。
「馬だけは自信があるとおっしゃってましたものね」
「レスリー」
横でアグネスは手を握りしめ、祈るように戦況を見ている。
今ここで下に降りて、手を貸すことはできる。
けれど、ユリウスさんにアルフレッド様、専属たちがようやく逃がしてくれたのだ。
ここで目立ってはいけないことくらいわかる。
結界……だと、攻撃もできなくなるからな。
「レスリー!」
考え込んでいるうちに、隣から小さな悲鳴が上がる。
レスリー様がロボレスに囲まれ、倒されている。
騎士団に近寄らせないようにしていたたため、レスリー様と騎士団の間には距離がある。
騎士団からはレスリー様の姿は見えないかもしれない。
レスリー様は攻撃しなかった。剣も持っていない。
苦手だとおっしゃっていたから、はなから持たない選択をしたのかもしれない。
急いで結界を放ち、馬乗りになっているロボレスを引きはがす。
ちょうどその時。
門の下が騒がしくなった。
有志の冒険者たちが討伐に参加してくれたのだ。
これなら……。
「ネイト、お願い。レスリー様をここまでつれて来られる?」
私が行くときっとネイトはレスリー様より私を守る。
それに私は足が遅いし、結界があるから害されることはないが、目立たずこっそりなんて無理だ。
だからネイトに頼む。
「お嬢様はここでアグネスと結界を張って待っていてください」
ネイトはじっと私の目を見てから、大丈夫だとでも言うように肩を叩いて、そう言った。
すぐに塀から軽々と飛び降り、走っていく。
思っていた通り、冒険者たちも手前のロボレスから討伐していて、レスリー様に気づくことがない。
来てよかった……。
でもやっぱり、私役に立たないな。
ネイトに頼んだのは、私が行くと目立つから、足が遅いから。
そういう理由も確かにある。
けれど、理由はもう一つある。
下に降りて、レスリー様の所までいける自信がなかった。
最初は一人走っていくレスリー様に驚いて、レスリー様ばかりを見ていたけれど、
騎士のものかロボレスのものかわからぬほど飛び散る血も、大きく口を開けた時に見えるロボレスの鋭い牙も、そして殺気立った目も。
ふわり。アグネスが震える肩を抱いてくれた。
「お嬢様、大丈夫ですか」
そういうアグネスの顔色も悪い。
アグネスはレスリー様のことを優しい弟みたいだと言っていた。
きっと私よりも怖いに決まっている。
「大丈夫。大丈夫だよ。レスリー様は結界で守っている。それに、騎士団や冒険者たちだって絶対大丈夫」
「えぇ。絶対大丈夫です」
二人で、言い聞かせるように大丈夫だと繰り返した。
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