第199話

旅の装備も出来上がり、私たちとルカはまた別行動になる。

最後にみんなで夕食を食べに行き、ルカの馬を迎えに行く。

私たちの出発は明日だが空間魔法に荷物を収納したので、今後は荷馬車ではなく普通の馬車にする予定だ。その馬の確保もするため、全員一緒に行くことにした。

私は馬に乗らないので知らなかったが、この町のようにある程度活気がある町では馬専門の店があり、そこでは馬を預かってもらえるし、馬の貸し借り、売買などもやっているらしい。

もちろん馬の餌や馬具も取り扱っており、馬に関することなら何でもやっている店だ。


ルカが預けていた馬を引き取りに行くと店の人と思われる男性が声をかけてきた。

「お兄さん、旅は遠くまで?」

ルカが帝都までだというと、ゆっくりの旅なら問題ないが急ぎだと馬を変えた方がいいという。

ルカは話を聞いて、馬を変えることに決めたようだ。

「早く行ってサリーを連れて戻ってきますから」

そう言って、ルカはさっさと行ってしまった。

残った私たちは明日から使う馬を探す。ふとお店の人と目があった。

帽子を深くかぶっているので顔はよく見えないが、何故か男性が驚いたのが分かった。

店の奥へ戻ろうとした男性をアグネスが引き止める。

「長距離に耐えられる馬車を買いたいのだけど」

「アグネス……? なんで」

「へ?」

深くかぶっていた帽子をあげて見えた顔はレスリー様だった。

「レスリー!」

「アグネスと平民がなんで一緒に?」

レスリー様がきょとんと首をかしげる。

あれ? 平民とは呼ばれたけれど、睨まれない。

いつも会えば憎々しげに睨まれたものだけど……あれ?

「レスリー。今、お嬢様は平民ではありません。説明は後でするので、まずは馬車を見せてくれない?」

「あぁ」

そう言ってレスリー様はアグネスをじっと見つめた後、私に深々頭を下げた。

「テル―嬢、あの時は申し訳なかった。俺がこんなこと言える義理ではないんだが、アグネスの事よろしくお願いいたします」

名前……憶えていたんだ。

レスリー様がまだ怒っているのではないかと危惧していたアグネスと私は揃って唖然とする。

「レスリー様? あの、はい。良いですが、私の事嫌いだったのでは?」

「あぁ、学園にいた頃は嫌いだった。だが今となってはどうでもいい。俺の都合で、テル―嬢には申し訳ないことをしたと思っている」

それからレスリー様が語るには、レスリー様は長男なので昔から良い領主になるよう期待と責任を一心に背負って生きてきたようだ。

「けど、俺はどうしてもダメなんだ。ジェイムスのように優れた容姿があるわけでもない、武芸や魔法が秀でているわけでもない。商才があるわけでも、頭がいいわけでもない。どんなに頑張ったって、弟の方が剣は強かったし、どんなに頑張ったって勉強は一個もわからない。毎日何時間も、何時間も努力してもできないものはできない」

一方レスリー様の弟さんは、文武両道ですごく優秀なのだそうだ。

それでも、次男だ。

領主になるのは一般的に長男なので、レスリー様は弟に負けるなと、もっと頑張れと言われながら頑張ってきた。

時に「長男なのに」と陰口を言われたり、呆れられたり、失望されたりしながらも頑張ってきた。

「学園に入ったら、案の定Cクラスでさ。頑張っても頑張ってもやっぱり無理かって思い知らされた。だけど、そこにテル―嬢がいた。平民で、女で、勉強なんてしなくてもいいテル―嬢がどんどん頭角を現してくるのにむかついたんだ。俺は長男として皆の思う長男の役割を全うしようと頑張っているのに、君は役割なんて全く無視なんだもんな」


サリーは女性だからと言う理由でお店が持てなかった。

ルカやジェイムス様は長男でないから家や店を継ぐことができない。

私はライブラリアンだから結婚も、学校に通うことも、就職も難しいと言われた。

性別や生まれ順、身分やスキル……自分ではどうしようもないことで、やりたいことにチャレンジすらできないのは嫌だと思った。

サリーが初めてプリンを作って持ってきたときに言った言葉を覚えている。

__女性だから何なのです! 女性でもできるってことを見せてやりましょう!

そう言った。

一緒にむかつく理不尽を打ち倒そうって。

理不尽なのは、女性だけじゃなかったんだ。

次男、三男だけでもなかったんだ。

一見恵まれてそうな長男だって自分のやりたいことに挑戦できないのは一緒だ。

女性が下働きばかりで責任ある仕事をさせてもらえないのは、サリーのように仕事をしたい女性にとってはむかつく理不尽だ。

次男だから、三男だからと家や店を継げないルカやジェイムス様たちにとっても、生まれ順で継げないのはむかつく理不尽だ。

けれど同時に、男性は長男はレスリー様のように向いていないとわかっていても、その責を負わねばならない。

その重荷を背負って生きていかねばならないのだ。

女性ならこうするべき、長男なら、平民なら、貴族なら、スキルがこうなら……。

性別、年齢、スキルや身分も全て違いがある。

それを全て同じになんてできるわけがない。

出来るわけなんてないけれど、差をつけ、生き方を決めると途端に生きづらくなるのはどうしてだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る