第197話
「お嬢様、具体的に準備とは何をするのですか?」
旅の前に準備しなければという私にアグネスが問いかける。
「えっと……ルカとの連絡手段を作るつもり。あと空調とか」
「作る? え? お嬢様、そんなこともできるんですか。はぁ。お嬢様に張り合っていた私もジェイムスも何をやっていたのかしら」
ため息をつくアグネス。呆れたのか少し以前の口調が出ている。ふふふ。
ころころと変わるアグネスを面白く思いつつも、時間がないのでまずは必要なものをリストアップし、買い出しだ。
衣料品ならとアグネスが買い出しに名乗りを上げてくれたが、少しこの町は物騒な気がしてネイトをつける。
その間の私の護衛にはルカだ。
だが、出て行った二人はすぐに戻ってきた。
「お嬢様、この町に服屋がないそうです。隣町まで行けば随分栄えているそうなので、そちらで準備しませんか」
ネイトが残念そうに報告し、その後ろでアグネスが神妙な顔をしている。
服屋がないなんてそんなことあるのかと思ったが、店主が最近怪我をして店を閉めているということだった。
タイミングが悪かったようだ。残念。
そういうことなら、隣町に行った方がいいだろう。距離的にも帝都から離れるようなので、尚更いい。
善は急げと私たちはその日のうちに宿を引き払い、町を出た。
町を出てすぐの森の近くでは魔物もたくさん出てきたけれど、スタンピードというほどでもなく、ネイトとルカが次々と倒していったし、野営の際も私の結界があるのでゆっくりと食事をとったり、眠ったりすることができた。
そして、もうすぐ隣町という時、アグネスがおずおずと口を開いた。
「お嬢様。領主の館に寄るわけではないので、大丈夫だと思いますが、隣町はカーター男爵領に入ります。レスリー・カーターの領です」
レスリー様は、私がCクラスを卒業したときに私に向かって火を放って退学になった。
いわゆる因縁のある人だ。
アグネスは、念のため気を付けるようにと言う。レスリー様が私をどう思っているかわからないからと。
「ねぇ、アグネスはレスリー様と親しかったの?」
「私もジェイムスもレスリーとは幼い時からの付き合いです。小さい頃はよく3人で遊んでいました。レスリーの領地に遊びに行ったこともあります」
「そっか。アグネスから見てレスリー様ってどんな人なの?」
私は知らない。何時もジェイムス様と一緒に私を睨んでいた彼しか。
クラスが彼より上になっただけで火を放つ彼しか。
以前はジェイムス様もアグネス様もレスリー様と同じ印象しかなかった。
私を嫌っている人だと、そういう印象しかなかった。
けれど、今は違う。
ジェイムス様もアグネスも友達だ。
私が知ろうとしなかっただけで、レスリー様も思っているような人ではないのかもしれない。
「レスリーは……優しいです。優しい……弟みたいなものでしょうか」
そう言ってアグネスがぽつりぽつりと話し始める。
アグネスがブレイクリー子爵に褒めてもらいたくて、ダンスを頑張った話、刺繍をプレゼントした話、逆に困らせてやろうと壺を割った話……。
「けれど、父には何も届きませんでした。その度に私は人知れず傷ついて、落ち込みました。最初こそ我が家の使用人たちもなだめてくれていましたが、良くない行動をとり始めるとみんな顔を顰め始めた。今考えれば、当たり前ですよね。いい子でなければ困るんですから」
アグネスはそこで一息吐き、また話し始めた。
「でも、当時は分からなかったんです。傷ついているのは私なのに、なんでみんなわかってくれないんだろうって。それがまたムカついて、苛立ったまま言葉を投げつけて……。私は家ですっかり困った子になっていました。レスリーはそんな中でもこっそり私を気遣ってくれたんです。何か辛いことがあるのかって」
もうずいぶん前の話だと言いながらアグネスは優しそうな顔で話す。
そんな優しい一面があったんだ。知らなかった。
きっとアグネスはレスリー様に救われたんだろうな。
懐かしそうに話すアグネスを見て、話を聞いて『私を嫌いな人』というだけの印象だったレスリー様が少し身近に感じた。
そんな話をする私たちを乗せて荷馬車は進み、カーター領に入った。
カーター領は栄えているというだけあって、活気があった。
昼食を食べに入ったレストランも美味しかったし、宿も帝都にあるような豪華で大きな宿ではないけれど、小さくとも清潔で温かみのある宿だった。
宿屋の主人も笑顔で対応してくれている。
先日までいた町とはずいぶん違う。
それでも、昔よりは治安が悪くなったようで宿屋の主人は「日が暮れたら十分気を付けて」と言っていた。
念のため私とアグネスの部屋にも、ルカとネイトの部屋にも結界を張る。
早速、ネイトとアグネスは材料の調達に。
その間に私はライブラリアンを開き、必死にページをめくる。
けれどやっぱり転移や空間魔法についての記述はどこにもない。
検索をかけてみてもやっぱりない。
思いついて、ライブラリアンの本も
思った通り……。
転移や空間魔法と同じ種類の魔法だ。
本の表紙をなでながら、心で語り掛ける。
ねぇ、私の魔法って何なの?
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