第195話
翌日の夕方
「もうすぐ着きます。準備はできていますか」
ネイトが顔をのぞかせる。
「えぇ、もう準備ばっちりよ」
アグネスたちは私のポシェットを持ってきてくれていたので、荷馬車に積んでいた荷物は全てポシェットに入れた。
アグネスが目立たぬよう準備してくれていた地味目のワンピースを着て、3年前に着ていたローブも着た。
ローブには空調の魔法陣をかけてあるので快適だ。
だが袖を通すと3年前は少し大きかったローブの丈や袖が短くなっていた。家を出てからそれだけの時間が経っていたのかと驚く。
あの時も家を出たのはこんな寒い冬だった。
感慨にふけっていたら、ネイトが「着きましたよ」と呼びに来た。
念のためフードをかぶって荷馬車を降りる。
比べるのは悪いが、町は帝都に比べて活気がなかった。
いや、ドレイト領よりも前回の旅の時に寄った国境の町よりも暗い。夕方だからだろうか。
宿屋を取ったが、そこも少しさびれているような気がした。
我が家に来る前はずっと貴族令嬢だったアグネスは絶句している。
「ちょっと清掃お願いしてきます」
気を取り直して、そういうアグネスに待ったをかけて、逆に清掃は自分でするから立ち入らないよう伝えてもらう。
宿屋にとっては迷惑かけなければ何でもいいようで、「ご勝手に」だそうだ。
「
キラキラと光が舞い、部屋の汚れはすべて綺麗になる。
続いて隣のネイトの部屋も。家具の古さはどうしようもないが、汚れはすべて取り除けたはずだ。
それに、結界を付与しておいたら、安全だしね。
そう思っていたのは私だけだったらしい。
二人は一瞬できれいになる部屋にあっけにとられていたようだが、すぐに我に返ったのか二人して「熱は出ていないか」「まだ魔力はあるか」と詰め寄られた。
そっか。二人とも結界は竜を追い払ったあの時だけしか見てないんだ。
大丈夫、使い慣れている魔法でこれくらいなんともないと一生懸命説明し、やっと解放された。
二人がまたすぐ倒れるんじゃないかと不安に思っているのは明白だった。
町まで出てきたので、夕食を食べに行く。
だが行った先の食事処もまたなんだか陰鬱な雰囲気が漂っていた。
何か怪しい取引をしていそうだとかそういうことではない。酒を飲み潰れている者、眉を寄せてひそひそと話している者、誰もかれも表情が暗い。
ドン。
頼んだ料理がぞんざいに机に並べられる。
「ありがとう」
そう言った私を、店員はちらりと見て「ごゆっくり」と言って戻っていった。
出された料理は少なかった。
そういえば壁に書かれているメニューには売り切れの文字ばかりが並んでいる。
食べ終わって宿へ帰る。
宿への帰り道、何人か路上で寝ている人がいた。この町に家のない私にはどうすることもないけれど、見て見ぬふりすることに心がチクリと痛んだ。
翌日、三人で朝食をとると、どこへも行くところがなくて、部屋で本を読むことにした。
部屋には結界があるので、護衛の手間もかからないだろうと思ってのことだ。
コツン、コツンと窓を叩く音がする。
なんだろう? と思い、窓の外を見てぎょっとした。
大きな鷹が窓をコツコツと嘴でつついていたからだ。
ネイトが窓を開ける。すると、スーッと……羽をはばたかせるわけでもなく本当にスーッと流れるようにネイトの腕に止まった。
「ネ、ネイト? その鳥……」
「あぁ、これは多分ユリウスさんの鷹ですよ」
ネイトが苦笑しながら答える。
ユリウスさん? 頭の中で疑問がまるで沸騰した水のように次から次へとぷくりと湧いてははじける。
鷹? なんで? どういうこと?
そんな私とは反対にネイトは平然と窓に近づき、下をのぞいた。
つられて私も下を見る。
「え?」
窓の下でルカが笑顔で手をあげていた。
「よかった。お嬢様お体は大丈夫ですか」
ルカは部屋へやってくると、そう言ってほっと溜息をついた。
ルカは早速帝都の情報を教えてくれる。
帝都では、日に日に賢者の名が高まっているそうだ。
騎士団も町に出歩いて探しているらしい。
「騎士団も⁉」
「えぇ、でも騎士団は今のところ大丈夫です。アルフレッド様が情報を流してくれたのですが、まだ捜索範囲は帝都内です。そしてアルフレッド様から伝言です」
アルフレッド様からの伝言は簡潔だった。
「賢者に祭り上げられたくなかったら、今のうちに逃げろ」
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