第193話【閑話】司教視点
「司教様……司教様!」
侍従が私の肩を揺すり起こす。
「また、夜遅くまで調べていらしたのですか?」
「こんな時に眠っていられるものか。賢者様だぞ。私の生きているうちに会えるとは……何たる幸運」
先日、帝都に邪竜が出現した。
隣国トリフォニア王国で目撃情報が出た時は、私自ら行こうと思っていたのにこの「司教」という肩書が邪魔をして行くことが叶わなかった。
行きたかった理由はもちろん、賢者が現れるかもしれないという期待からだ。
私はこのクラティエ帝国全土にいる司教たちを束ねる地位にあり、ここ帝都ナリスが受け持ちの地区だ。だからこそ、この侍従しかり、護衛しかり、多くの者が私の周りにおり、気軽に外出もできやしない。
私がこれほどの地位にいるのは、司祭としての働きが認められたこと以上に、私が教会史にも神にも精通しているからだ。
幼い頃から信徒として教会に通ううち、神話が好きになった。神話を読み込むうちに、教会史も学ぶようになった。
教会は、ここクラティエ帝国よりも、ナリス王国よりも古い歴史があり、その歴史の中には普通に生活するだけでは知らなかった変遷があり、魅了された。
教会に関するありとあらゆることを知りたくなって、若い頃はクラティエ帝国だけでなく、トリフォニアやレペレンスへも学びに行き、そこそこに保管されている日誌を読んだり、話を聞いたりもした。
私ほど神や教会についての歴史を知る者はいないだろう。
その中で私を一番惹きつけたのが賢者だ。
賢者と言うと、一般的に知られているのは200年ほど前に邪竜を退けたという流浪の旅人のことだろう。
複数の魔法を使い、邪竜を退け、最後は邪竜と共に消えた。それが賢者。
だが、ここ帝都ナリスの教会の古い、古い……300年以上前の今にも壊れそうな司教の日誌にも「賢者」の言葉が記されている。
なんでも賢者は、魔法にも、政治にも、兵法や経済までこの世のありとあらゆることに深く精通し、不安なことがあれば一言賢者に聞くだけで、10の対策が返ってきたという。
賢者は、一目見るだけでその人の伸ばすべき魔法が分かったという。
賢者は、行ったこともないようなはるか遠くの土地のことも知っていたという。
もちろん200年前の日誌にも賢者は登場する。
こちらは実際に会ってはいないようで、民からの声をまとめる形で記録が残っている。
複数魔法を使い、薬に精通し、古代遺跡にも行ったことがあると。
こんな古い日誌私以外読もうとする者もいないから、このことを知っているのは私だけだ。
賢者……。そんな人は本当にはいないのだろう、昔の人は物知りな人のことを大げさに書いたのだろうと思いつつも、この賢者の話を読んだときは心が躍った。
だってそうだろう。
なんにでも精通し、遠くの地のことも見通せる。いろんな魔法を使いこなし、邪竜を退ける。
そんな普通にはないすごい力を国のために、人のために遺憾なく使い、人々を助けている賢者様。
そんなのもう……神様じゃないか。
実際当時の司教の日誌にも神の化身ではないだろうかと書いてあった。
そんな賢者が……本当にいた。
あの日、帝都に邪竜が出たと知らせを聞いた私はいてもたってもいられず、教会を出た。
そこで見たのは、逃げ惑う人々とは反対の方向へ少女を抱えて走る少年だ。
少女に少年が叫ぶ。
「お嬢様もうやめてください! もうやめろって!」
それでも抱えられている少女は竜に向かって手をかざす。まるで、もっと遠くへと追い払っているかのように。
そして本当に竜はどんどん遠ざかっていく。
魔法を放つ少女が神々しく見えた。
あぁ。本当にいたのだな。賢者は。
すごい力を使い、人々を助ける賢者様は。
竜がすっかりいなくなり、喜ぶ人々。けれど、私は竜なんかよりも目の前の御方に会えた感動が胸に押し寄せ、自然と膝をつき祈っていた。
あの日、いつの間にかいなくなっていた賢者様の事を教会の力すべてを使い、探した。
賢者様の名は、テルミス・ドレイト。
スキルはライブラリアンだ。
ライブラリアンと知って、嫌な予感がした。
私はトリフォニア王国もレペレンス王国にも行ったことがあるから知っているのだ。
両国の神に対する見解を。
クラティエ帝国は原初の神々を信仰している。
年始に食べ物の好きな火の神のいる西には食べ物を、人々を癒した水の神がいる東に薬草を飾るのも神々自体を崇めているからだ。
トリフォニア王国は違う。
同じ教会と言っても、熱心に神を信仰しているわけでなく、神が与えてくれたというスキルを重視している。だから彼らは神のために薬草や食べ物を祀ったりもしない。
つまり、信仰という少し曖昧な世界よりも現実を生きているともいえる。
そして、レペレンス王国……。
彼らが信仰しているのは、神の代理人だという教皇だ。
この広い大陸全土を掌握している教会のトップ。レペレンスはその教皇のお膝元なのだ。
昔レペレンスに赴いたとき、一人の司教が言っていた。
私と同じく神や教会について詳しい司教だ。彼はレペレンスの司教だからとりわけ教皇に関する知識がすごかった。
彼が言っていたのだ。
ライブラリアンだけは駄目だと。昔の教皇がこう言い残しているのだそうだ。
「ライブラリアン。人の世にいてはならざる者」だと。
時代の流れと共に忘れ去られているが、本当はスキル鑑定でライブラリアンを見つけたものは報告義務があるのだと彼は言っていた。
困ったな。
賢者様はライブラリアンだった。トリフォニア王国の伯爵令嬢でもあるらしい。
最近スキル狩りが起きたトリフォニアは多くの司教が処罰を受け、レペレンスの司教が入ってきている。
教皇の力を強めたいのだろう。
そうなると、賢者様のことももう知っているのではないか?
今私には二つの選択肢がある。
不干渉を貫くか、賢者様を守るかだ。
たとえ教皇に逆らっても。
「神よ……。私をどうかお導きください」
◇作者からのお知らせ◇
アーススタールナ様のHP上でもすでに記載がありますが、皆様の応援のおかげでライブラリアン3巻発売が決まりました。
ありがとうございます。
刊行日が近づきましたら、また報告させてください。
そして今更ではありますが、X(Twitter)始めました。
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そして気になる5章はお待たせしてしまい申し訳ないですが、もう少しお時間ください。
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