第192話

眼強化アイブーストでいろんなものを見たり、神話を調べたり、ユリウスさんと転移の使い道を考え、実験したりしているうちにあっという間に季節は冬へと変わっていた。

夏にトリフォニア王国へ行った時は教会から不穏な空気を感じて、急ぎクラティエ帝国に戻ってきたわけなのだが、クラティエ帝国では平穏そのもの。

アルフレッド兄様がヴィルフォード公爵の弟だとわかったり、アグネスがうちで働くようになったりと環境は変わったが、命の危機を感じることはない。


逆に危機を感じているのがアルフレッド様だ。

パーティでも女性に大人気だったアルフレッド様は、今や騎士団にいても女性が押し掛け、贈り物や手紙が絶えないという。

「遠征に行きたい」と言うのが、アルフレッド様の最近の望みだ。

先日我が家に久しぶりに遊びに来てくれた時にそう言っていた。

アルフレッド様は律儀にも、年始の武闘会の出場を取りやめたと言いに来てくれたのだ。

アルフレッド様が出場するなら、応援に行くという話をしていたのを覚えていてくれたらしい。

ちなみに出場を取りやめた理由も女性だ。

武闘会は優勝すれば一つ願いを述べることができるので、過去には身分違いの恋の成就を願った騎士もおり、優勝者が何を願うのかも見物だ。

だがそこから発展して、武闘会でアルフレッド様がプロポーズするのは誰だと騎士団に詰めかける女性たちの中で噂になっているらしく、否定して回るのも面倒になったアルフレッド様は出場を辞めたというわけだ。

なにそれ。すごい。


アルフレッド様と呼び名は変わったし、以前のように頻繁に会うことはなくなったが、アルフレッド様はアルフレッド・ヴィルフォードになっても変わらず私を本当の妹のように気にかけてくれている。

「変な奴に絡まれていないか、教会から何かコンタクトはないか」と会うたびに心配し、「どこへ行くでも必ずネイトと一緒にいくこと、魔法の訓練も一人でやらずネイトと一緒にやるように」と忠告する。

アルフレッド様はきっと父様、母様、マリウス兄様の代わりになろうとしてくれているんだと思う。きっとヴィルフォード家からドレイト領まで逃げてきたアルフレッド様自身の経験とその恩から。

心配をかけたくなくて「わかっていますって。ちゃんとネイトと一緒にやっています」と答えたけれど、後ろに控えるネイトが首をひねったので結局少し前にユリウスさんの研究室で魔力切れで倒れたことがバレてしまった。

アルフレッド様は以前消失魔法の練習中に倒れた時のように「なんで、魔法をぎりぎりまで……」と説教しようとしてやめた。

なぜか私ではなくネイトに「魔法実験中はテルミスの魔力から目を離さないようにしてくれ。それと後で魔石を大量に届ける。一度しっかり魔力量を測った方がいい」と説明していた。

私に説教しても意味がないと思われたようである。


後日アルフレッド様から届いたのは大魔石2つ、中魔石5つだった。

大魔石は中魔石5つ分だ。つまり大魔石3つ分が届いた。これは多すぎると思う。

魔力の少ない人なら中魔石一つ、魔力の多い人でも大魔石一つくらいだからだ。

けれどアルフレッド様自身が大魔石二つ分位魔力があるらしく「テルミスなら大魔石二つ必要だと思う」というのがアルフレッド様の言い分だ。

実際届いてすぐに魔力を充填していくと大魔石二つ、中魔石一つがいっぱいになった。

こんなに多かったんだ。


アルフレッド様からやった方がいいと忠告されたことがもう一つ。

それが教会について調べることだ。警戒しておく相手のことを知るのは重要なのだそうだ。

だが、調べると言ってもどうやって……。

「テルミスはドレイト領では物語や植物図鑑、刺繍の本を読んでいただろう。今はシャンギーラの本まで読めるようになっている。それはテルミス自身の興味に合わせて読める本が増えているんじゃないか」

それはきっとそうだ。

なんとなくこのスキルは私のことをよくわかっているような気がしていたから。

「なら、神、聖女、神話、スキル……なんでもいい。教会に関することに興味を持って探してみるんだ。もしかしたら彼らが知っていて私たちが知らない何かがわかるかもしれない」

アルフレッド様はそういった。

スキル鑑定具のことを調べていた。

今は神話を調べていた。

でもどれも教会と結び付けたことがなかった。アルフレッド様の言葉に目から鱗が落ちる。

スキルアップして、本の検索もできるようになっている。

アルフレッド様の言う通り、少し調べてみよう。

もう守ってもらってばかりじゃダメなのだから。


だけどこうやって心配してもらって対策を考えるある意味まだ平穏な日々は、突如終わりを迎える。

私の手によって。


それは新たな年が始まって1か月経った冬の寒い日。

アグネス、ネイト、私は海街へと向かっていた。

「お嬢様、だから買い出しは私に任せてくださいって言ってますでしょう。最近帝都はちょっと治安が悪いんですから」

「だからでしょう? 私がアグネスについていけば、ネイトも来るんだもの。アグネス一人よりよっぽど安心じゃない?」

去年、一昨年に続き今年も魔物の出現率が高いということで、食料が足りるのだろうかと皆どことなく不安そうだ。邪竜の噂も不安を煽っている一因だ。

それだけではなく不安から買い占めも起きているし、それを高値で売りつける商売も出てきている。

本当に効くのかどうかはわからないが魔物も不幸も避けてくれる通称魔除けと言うアイテムも流行っている。

個人の将来を占う予言者と言う人たちが予言する最悪の未来を回避するために必要だと売っている商品らしい。

値段の上がった食材は家計を圧迫して、まだ寒さ堪える時期だというのに路頭に迷う人もいるし、高価な食材が買えず他人が買った商品をひったくる人も増えている。

つまり今帝都はちょっとギスギスしていて、生粋のお嬢様だったアグネス一人では危ない。


海街はトルトゥリーナが積極的に仕事を回しているし、海街の住人同士で助け合い何とかなっているようだ。

路頭に迷った人を片っ端から助けてあげることはできないが、私の大好きな海街は守りたい。

だから、最近私はなるべく海街で買い物するようにしている。

単純に海街の商品が好きだからと言うこともあるが。


海街の入り口が見えてきた頃。

「キャー!!」

突然叫び声が聞こえたかと思うと、辺り一帯大パニックになった。

皆が空を見上げ、逃げているので皆の視線を追って空を見上げる。

その瞬間ドゴンとものすごい音が鳴り、傍の建物の屋根が突然吹き飛んだ。

「きゃぁ!」アグネスが叫ぶ。

何?

私も突然のことに何も考えられないまま、ぼんやり破壊された屋根を見ていたら、そこから灰色の巨大な何かが身をよじりながら出てきた。

鱗が見える。翼も。

これは……竜?

「お嬢様! アグネス! 逃げますよ!」

いち早く反応したのはネイトだった。

ネイトが私の手を握り、それでようやくハッとする。

「だめ! 海街が!」

竜は身をよじりながら、自分で自分の制御が聞かないかのようにあちらこちらにぶつかり、建物を破壊しながら進んでいた。

海街の方へと。


海街には大事な人がいっぱいいる。

守りたい。

私はネイトの手を振り切って、海街の方へ走り出す。

だが、あっという間にネイトに追いつかれる。

ネイトが私の前に立ちはだかる。

「お嬢様、すぐに騎士団が来ます! 海街は騎士団に任せて今は逃げてください」

「嫌よ!」

ネイトの言う通り、少ししたら騎士団が来るだろう。

でも、もう竜と海街に距離はない。間に合わないわ!

「お願いいたします。それにあれは、きっと竜……ですよ」

絞り出すようにネイトが言う。

ネイトが言わんとすることは分かる。

賢者は邪竜を退けた。

ここで私が竜を退けたら、また目を付けられると心配しているのだ。

でも……。

「ネイト、ごめん。それでも行く」

スキル狩りからずっと私はみんなに守られて生きてきた。

だから私も、私の大事な人たちくらいは守れる人でありたい。

アルフレッド様がトリフォニア王国の反乱に行っていた間、どれだけ心配しても私にはできることがなくて、どうしようもない不安と無力感を感じた。

皆無事だったから良かったが、あれで誰かに何かあったらと思うとぞっとする。

ネイトの横を通り過ぎ海街へ向かおうとしたら、体がふわりと浮いた。

ネイトが私を抱えているのだ。

「ネイト⁉」

「お嬢様の足では遅いですし、また魔力切れで倒れたらどうするんですか」

そう言ってネイトは私を抱えたまま走り出した。

「それで、どうするつもりですか?」

「とりあえず結界で守るわ。守護プロテクシオン!」

竜が海街へ入る直前きらきら光る結界が海街を包んだ。

竜は結界に阻まれ、宙へ跳ね返る。

よかった! 効いた。

このままもっと、もっと範囲を広げて。

ネイトに抱えられて、冷静に竜を見て思った。

まともに戦って勝てるわけがない。

私だけでなく、誰も。

それだけ巨大な魔力量だった。

だからこのまま遠くへ飛ばす。

反撃は……されないことを祈る。

途中、ポシェットからスタンピードの時にも使った白サルヴィアを取り出す。

そして、もう一度結界を張りなおす。

これで、魔力消費が抑えられる。

それからもっともっと大きく。広く。

ここ最近ネイトと魔力分配の訓練をしているからわかる。

私の魔力ももうあと中魔石一つ分だ。

それでもまだだ。あともう少しで帝都の外まで広げられる。

「お嬢様もうやめてください! もうやめろって!」

ネイトが叫ぶ。

ごめんネイト。

でもあともう少し、もう少しだけ……。


結界が海街から帝都のまち全体へと広がっていく。

灰色の竜は何度か結界にぶつかりながら、少しずつ帝都の外へと押しやられ、ついにはよろよろと方向転換し、南へと飛んで行った。

海街の入り口。

竜が遠ざかったのを喜ぶ町の人たちの中に一人の司教がいた。

「あぁ……賢者様。ありがとうございます。賢者様、ありがとうございます」

賢者と繰り返しながら、まるで神に祈るかのような司教を見て人々は少年の手に抱かれている少女に向かって口々に叫ぶ。

「賢者様! ありがとう!」

「町を守ってくれてありがとう!」

「賢者様!」


「賢者様、ありがとう!」






◇作者からのお知らせ◇

これにて4章完結です。

また、これまで先行していた小説家になろうのストックがあったので、毎日更新できておりましたが、この192話をもって最新話に追いつきました。

今後はなろうとカクヨム同時投稿になります。

現在小説家になろうの投稿は、作業と5章の書き溜の為更新を少しの間お休みさせていただいています。

そのためこちらのカクヨムも5章開始まで少しお時間いただきます。

必ず戻ってきますので、作品フォローははそのままにしていただけると嬉しいです。


毎日楽しみに読みに来てくださる皆さま、いつもありがとうございます。

皆さまからいただく応援、コメント、作品フォローや評価すべて続きを書くモチベーションになっています。

なるべく早く戻って来れるよう頑張って書きます!


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