第191話
気が付いたらいつの間にか家に戻ってきていた。
「よかった。起きられましたか」
声に驚いて、横へ視線を向けるとアグネスが待機していた。
ずっとついてくれていたんだろうか。
「どれくらい経った?」
「三日です。今日はまだきついでしょうから何も言いませんが、お嬢様はSクラスになるくらい魔法の才があるのですから、しっかり魔力分配してくださいませ。私、魔力の使い過ぎでこんなに長い間倒れる人なんて初めて見ました。本当にもうやめてくださいよ」
アグネスは私が目覚めたことを皆に知らせてくると言い、部屋を出た。
入れ違いに部屋に来たのはネイトだ。
「お嬢様、気分は?」
「ちょっとだるいけれど、もう大丈夫」
ネイトはぐっと私に近づいて、額に手を当て熱を測る。
「先ほどアグネスからも言われていたようですが」
なるほど。アグネスが出て行ってすぐに来たと思ったら、耳を澄ませていたのだ。
私の声が聞こえたらすぐに駆け付けられるように。
「魔力だけは本当に気を付けてください。敵が来たら私が守ります。あの時のようにお嬢様が戦う必要がないくらい、一瞬で蹴散らせて見せます。けれど……魔力の使い過ぎだけはどうしようもできないのですから。お願いします」
そう言ってネイトは下を向く。
ハッとした。
ネイトは私以上に誘拐事件の時に守れなかったことを悔やんでいる。
今回三日も意識を失っていたのは、ネイトに誘拐事件を思い出させるのに十分な出来事だったのかもしれない。
「ごめんなさい」
はぁと息を吐いてネイトが話し始める。
きっともっといっぱい言いたいことはあったのだろうが、飲みこんだのだ。
「提案ですが、一度お嬢様魔力の器に押し込めるのやめてみませんか?」
ネイトは魔力操作を練習し初めて、自分や他人の魔力が見えるようになってからいろんな人の魔力をよく見ているのだそうだ。
「普通人は、魔法を使ったら一時身にまとう魔力が減るものです。けれどお嬢様はいつも器の中に押し込めているから減っているかどうかよく見えない。だからこそ、目で見てわかるほど魔力が減っている時にはもう倒れる寸前なのだと思います。ユリウスさんも同じようなことを言っていました」
なるほど。
ネイトは私の目を見て語り掛けてくる。
これは、専属護衛になると言っていた時と同じだ。譲らない……そう言っている時の目。
今回ネイトやアグネス、そしてきっとユリウスさんや他の皆にも心配をかけた。
ただ私が魔力を使いすぎただけで。
いつもはぴったり閉じている魔力の器を開放する。
魔力がぶわりと膨らみ、私の体を包む。
「これが……お嬢様の魔力」
ネイトはなぜかまぶしいものを見るように目を細めた。
魔力の器を開放して、ネイトの魔力を
見てすぐに自分の魔力を確認してみる。
真っ白の私の魔力は、自分の体のすぐ近くまでしぼんでいた。
「お嬢様」と声をかけるネイトに頷き、
その時ちょうどアグネスが戻ってきた。
甘麹ミルクを持ってきてくれたようだ。
甘麹ミルクを飲み「もう少し寝てください」という二人が言うので、その日は寝ることにした。
三日も寝ていたらもう眠れないかと思ったが、起きてすぐにネイトの魔力を見ることに魔力を使ったからかあっさり眠りに落ちた。
次の日完全に体調が戻った私はネイトの助言を聞き入れて魔力を開放したまま学園に行こうとした。
専属護衛としてネイトが来てくれてから、学園に送り迎えはネイトがしてくれている。
だが、そのネイトからストップがかかった。
「すみません。昨日の発言を撤回させてください。これでは余計に目を付けられそうです」
何のことだと思ったら、アグネスが言葉にしてくれた。
「今日のお嬢様、あの、なんだかすごく……なんというか神々しい? 感じがするんです」
そう言われて思い出した。
魔法を始めて勉強したときに読んだ『魔法の基本』にこう書いてあった。
「魔力とは、身体の芯から発せられる生命エネルギーのようなものです。
それゆえにあまりに大きな魔力を前にすると、相手が何もしなくても畏怖の念を感じ、反対に魔力が限りなく少ないものや意図的に魔力を抑えている場合は存在が希薄に感じられるものです。」
今までは魔力の器にぴったり押し込んでいたから、「人より魔力は多そうだ」くらいにしか思っていなかったが、開放してみると確かに私の魔力は人よりも格段に多いみたいだ。
アグネスの言う「神々しい」っていうのはそういう理由だろうか。
とりあえずネイトの言う通り、再び魔力の器に押し込める。
アグネスがふぅっと息を吐く。
「よかった。いつものお嬢様です」
こんなやり取りがあって、結局私はいつも通り器に押し込めて登園することになった。
「多分ですが、お嬢様学園でも家でも魔法の訓練していますし、ずっと本を読んでいるから魔力がどんどん増えていたんだと思いますよ。魔力の消費量の実験は家にいる時だけにしましょう」
ネイトにそう言われ、なるほどと思う。
ネイトはなんだか私より私のことが分かっている。
学園に行った私はみんなに怒られた。
ナオにも、ジェイムス様にも、テレンスさんにも、もちろんユリウスさんとジュードさんにもだ。
「本当に勘弁してくれ。心臓が縮む」と言うのはユリウスさんだ。
だが、ユリウスさんはやはり研究者。
そんなことより……とスキル鑑定具を
ユリウスさんとジュードさんの魔力が四つに分かれたことは見えたそうだが、私が見えたように赤、青、緑、黄色の色は見えなかったそう。
私は魔力の器の奥にも色が見えるようになったことを告げると、ユリウスさんはしばらく考え、口を開いた。
「それは鑑定みたいなことなのだろうか。食べ物や宝石を鑑定のスキルもスキル鑑定を受けた直後は、少しの物しか鑑定できないという。何度も使ううちにいろんな種類を鑑定できるようになるんだ。君は今まで一人で魔法を訓練していただろう? それが、学園で大勢の人の魔法を見るようになって、人の魔力をいろんな種類の魔力をよく見るようになった。君の家族や私たちに魔法を教えるようにもなったしね。それでできるようになったと考えられないか」
そうなのかもしれない。
けれど、ユリウスさんは物心ついたころから魔力が見えると言っていた。
それならユリウスさんだってできてもおかしくないんじゃないだろうか。
ユリウスさんはそれについては私が持つと思われる「第五の属性」が関係しているのではないかと予想している。
だがそれを証明する要素はない。
とにかく今わかっているのは、たくさん使えば使うほど精度が上がるということだけ。
その日から私は魔力の消費に注意しながら、いろんなものを
毎日いろんな物を
しばらくするとスキルで付与した魔導具を見れば、魔法陣が見えるわけではないが、それがどんな魔法を付与したのか感じることができるようになった。
そして……そうなると気になるのはいつも身に着けている赤いポシェットだ。
魔法陣集にも載っていないその空間魔法とはどんなのだろうと思ったのだ。
それを見たのは家だった。
見た瞬間、言葉を失った。
「嘘……」
「お嬢様どうしました?」
私のいつもと違う様子にネイトが近くへ来る。
未だ何も言葉を発しない私の顔を覗き込む。
そのめはありありと「心配だ」と言っているが、私の言葉はまだ出てこない。
「ゆっくりでいいです。なにがわかったんですか?」
「こ、これ……。転移と同じ種類の魔法なのよ。一体……どういうこと?」
ネイトと私は目を見合わせるしかなかった。
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