第188話

ある日、学園から帰ってくると豪華な馬車が我が家の前に止まっていた。

誰かしら? と思いながら、家に入るとアグネスが迎えてくれた。

「バイロンさんが対応してくれていますが、お嬢様にお客様です」

「わかったわ。それで、どなたかしら?」

「私は会ったことのない方ですが、お召になっている服や佇まいを見ましても貴族の女性じゃないかと思います。それも高位の」

そう言いながら、アグネスが考え込む。

何が気になっているんだろうかと続くアグネスの言葉を待つ。

「自慢ではないですが、私、社交は真面目にしていたんです。クラティエ帝国の貴族なら、よっぽど地方の貴族で帝都に出てこない貴族以外は、顔と名前だけじゃなく、好きなお菓子やドレスの趣味なんかまで頭に入っています。けれど、彼女は知らない。地方の貴族にも見えないし……もしかしたら他国の方かもしれません」

他国の方が、わざわざ何の用だろう? 

「お嬢様、負けないでくださいね」

何故だかアグネスに力強く手を握られ応援された。

負けないでって……何に?


ノックして部屋に入ると、そこにいたのは宮殿の茶会で具合を悪そうにしていた女性だった。

具合が良いのか今日の彼女の顔色はよく、アグネスの言う通り身なりや仕草が洗練されている。

侍女と護衛と思われる人を連れてやってきた彼女は、確かに高位の貴族だろうと思われた。

「貴女は……」

「よかった。覚えていてくれたのね」

にっこり妖艶に笑う彼女はアナスタージアと名乗った。

何の用だろうと身構えていると、彼女はぐっと身を乗り出して言う。

「あれから貴女の事探したのよ」

え? なんで? 美女の圧におされ、自然と体がソファの背もたれ側へと、少しでも後ろへと下がってしまう。

「わたし、あんな素敵な……。ふぅ。初めてよ。最初はね、あの緑色に目が引かれたの。ほら、緑色って珍しいでしょう。それでよく見たら本当に素敵で、もう一目惚れだったわ。貴方が踊っている時なんて目が奪われた」

まるで誰かに恋しているかのようにうっとりした目に色っぽい溜息を吐く。

これには、まだお子様な私もピンときた。

アナスタージア様は恋をなさっているのだ。

あの時私と踊った人で、緑色ということは……アルフレッド様だ。

「だからね。私に紹介してほしいの」

アナスタージア様がまっすぐ私を見て言う。

何故だかわからないが、ドッドッドッと心臓の音が聞こえる。

どう答えたものかと返事が出来ずにいると、ちょうど良いタイミングでアグネスが紅茶を持ってきてくれた。

私の前にカップを置くときは、目を見て少し頷き「頑張れ」と言われているようだった。

けれど……頑張れって何を。

アルフレッド様と私の関係は、ただの友人の妹、兄の友人だ。

勝手に断るのは違う気がする。

かと言って、あまり知らない人を紹介するのも嫌だ。

「あの。私にとっては大事な人ですので、会ったばかりの人を紹介できません。ごめんなさい」

「待って。彼に条件だけでも伝えてくれる? それでやる気があるなら、紹介してほしいの」

条件?

そう言って、アナスタージア様が給料や勤務地について話し始める。

え?

隣のバイロンさんをちらりと見れば、バイロンさんも首をかしげていた。

「あの、すみません! 紹介してほしい人って……?」

アナスタージア様のあげる条件を遮って聞く。

すると、きょとんとした顔でアナスタージア様が言う。

「だから、貴女があの時着ていたドレスを作ったデザイナーよ」

何とベティちゃんだった。

アナスタージア様は私が着ていたドレスに一目惚れし、デザイナーを引き抜こうと思ったが、同じようなドレスを売っている店など見つからず我が家に来たのだ。

たしかに緑色のドレスってあまり見ないかもしれない。緑色で一目惚れだと言ったから、アルフレッド様の事かと思ってしまった。

そうか。ベティちゃんを引き抜きに……。これは負けられないわね。

ベティちゃんは少し前に専属になってくれた。

最初はかなり渋っていた。

アーロンさんが「俺のことは心配するな」と説得しても、「アーロンさん、また失恋しちゃったら仕事しなくなるでしょ!」と納得していなかった。

つまり、ベティちゃんはアーロンさんが心配だったのだ。

一度はそういうわけで、アーロンさんとベティちゃんは帰っていったのだが、1週間後ベティちゃんが「雇ってください」と頭を下げてきた。

「アーロンさんは良いの?」というと、「そろそろ師匠離れしないと」と言っていたから、アーロンさんと何か話をしたんだろう。


「ドレスデザイナーでしたか。それなら、申し訳ありません。紹介はできません。私の大事な専属ですので」

バイロンさんもベティちゃんの事なら黙っていない。

「それに、勤務地として宮殿をあげられていましたが、それなら猶更首を縦に振るわけにはいきません。このまま彼女が貴女について宮殿で仕事をすれば、確実に嫌がらせに合うでしょうから」

「彼女? あのドレスを作ったのは女性なの?」

アナスタージア様の言葉で思い出す。

デザインするのは、男性の仕事なのだ。

それにベティちゃんは見た目も幼く見えるから、それもやっかまれそうだ。

「それは……厳しいでしょうね。困ったわ」

それを見た私とバイロンさんはうなずきあう。

ベティは渡せないけれど、ドレスは渡せるからだ。

「あのドレスが必要な理由があるのですか? デザイナーは紹介できませんが、ドレスについてなら相談に乗れるかもしれません」


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