第189話
アグネスがベティちゃんを呼びに行っている間アナスタージア様の話を聞く。
アナスタージア様は冬の社交パーティで着るドレスを作りたいそうだ。
「本当はもっと欲しいのだけど、一人なら仕方ないわ。最低限3着は欲しいわね。あと生地はこれを使ってほしいの」
後ろに控えていた侍女が生地の見本を見せる。
これ……。すごい。
なめらかで、とろみがあって、すごく肌触りがいい。
私がドレイトにいた頃、ソフィア夫人のマナー講座であらゆる生地を見せてもらったけれど、こんな生地は初めて見た。
「こ、これは……。アナスタージア様、もしかしたら今ご注文のドレスは特別な機会に着るドレスなのではありませんか」
隣でバイロンさんが生地を凝視して聞く。
よく見ると、額に汗もかいている。
バイロンさんはこの生地から何が分かったのだろうか。
「あら、博識ね。それなら、これを着る日まで他言無用なこともわかっていただけるわね」
「もちろんです」
それから誰も声を出さず、ベティちゃんを待つ。
コンコン。
しばらくしてベティちゃんがやってきた。
重苦しい中やってきたベティちゃんは、アナスタージア様の顔を見て明らかに驚いていた。
何に驚いているのだろうと思いながら、来てもらった理由を説明する。
「ベティに作ってもらったドレスを気に入ってくださったの。あのドレスと同じエンパイアラインのドレスを3着作ってほしいとのことなんだけど、いいかしら?」
「えぇ。本当はあなたを引き抜くつもりで来たんだけれど、こんな可愛らしいお嬢さんじゃ宮殿で虐められてしまいそうで諦めたの。でも、貴女の覚悟があるなら、私は今でも私についてきてほしいわ」
隙あらば勧誘するアナスタージア様。やり手だ。
ベティちゃんが付いて行っちゃったらどうしよう。
心がざわざわし始めた頃、ベティちゃんが口を開く。
「あのドレスを評価していただきありがとうございます。けれど私はテルミスお嬢様の専属ですので引き抜きの話はお断りさせていただきます。それに、あのお嬢様のドレスを作ったのは確かに私ですが、あのドレスの形を思いついたのは私ではありません」
少しも迷わず、きっぱり断ってくれたベティちゃんの言葉を聞いてほっとする。
よかった。
「もしよろしければ、そのデザイナーを紹介させていただけませんか。彼はきっとアナスタージア様の望むドロドロした淀んだ場でも息ができるドレスを作ることができます!」
そう言ってがバリと頭を下げるベティちゃん。
それに、ドロドロとした淀んだ場でも息ができるドレス? 何の話だ?
「息ができるドレス……。そうなの。彼が。では、紹介してくださる?」
ベティちゃんの顔がぱぁぁと明るくなる。
アーロンさんも一緒に我が家に来ているらしく、ベティちゃんが急いで連れてくる。
「なんだよ、引っ張るんじゃない」と廊下から聞こえてきていたアーロンさんの声が入ってきてすぐ消える。
アナスタージア様が立ち上がり、アーロンさんの前に立つ。
「私はアナスタージア。婚約披露の場で着るドレスをお願いしたい。できるかしら」
アーロンさんは流れるように膝まづく。
「光栄でございます。我が女神のお傍なら最高のドレスも作れましょう」
こうして、アナスタージア様は帰っていった。
アーロンさんやベティちゃんも帰っていく。
残されたのは、私、バイロンさん、部屋の隅に控えてくれていたアグネスとネイト。
「なんか……嵐のようでしたね。でも、アーロンさんもうドレスなんて思い浮かばないって言ってましたけど、大丈夫でしょうか」
「それは大丈夫だよ。言っていただろう。我が女神って」
言っていた。急にどうしたのだと思ったのだ。
「アーロンが恋したのはアナスタージア様だったか。そりゃ無理だよ」
「えっ! そういう!?」
「そういうことだよ」
アグネスもうんうんと頷いている。
わかっていなかったのは私だけかと焦ると、ネイトも驚いていたからちょっと安心した。
「まぁ、ネイトもお嬢様ももう少ししたらわかりますよ」というのはバイロンさん。
「もう少しも待っている余裕はないと思うんですよね」とため息をつくのはアグネスだ。
少し話題を変えたくて口を開く。
「それでバイロンさん、アナスタージア様の持ってきた生地って何だったんですか」
「あぁ、あれはね。レペレンス伝統の生地。結婚式などに使われる生地だった。それもすごい品質の良い。だから、アナスタージア様はきっと嫁いで来られたんだ。第二皇子はずっと表に出てきていないから、やはりお相手はエルドレッド第一皇子かな」
「え……皇太子妃になる方じゃないですか」
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