第182話

「そろそろ戻りましょうか。あら」

「どうしました?」

つられてテレンスさんの視線を追うと、一人の女性が歩いていた。

扇で顔を隠しているが、その顔が白い。

「ごきげんよう。今日は夏の終わりだというのにまだ暑いですからね。外にいてはお身体も辛いでしょう。ご同行の方を呼ぶか、休憩室にでも行かれませんか」

テレンスさんが臆せず声をかける。

近くに寄ってよく見れば、顔が白いだけじゃない、汗もかいている。

すごく、きつそうだ。

「お気遣いいただきありがとうございます。中は少し空気が悪くて息苦しかったの。でも、少し休んだからもう大丈夫ですわ。もうすぐ皇族の方々の入場ですもの。それくらいの時間は大丈夫のはず」

ありがとうと笑うその女性は、とても綺麗だった。

ドレスやアクセサリーは豪華絢爛だが、それでいて上品に見えるのは彼女の持つ気品なのかもしれない。

去り際にベティちゃんが作ってくれたドレスを見て、「ありのままの貴女を輝かせる素敵なドレスね」と褒めてくれた。

美しい人は誉め言葉まで美しい。


私たちがホールに戻って間もなく、ラッパの音が鳴り、ざわめきがピタリとやむ。

皇族の入場だ。

最初に入ってきたのは、イライアス皇子だった。

さらりと流れる銀色の髪を一つにまとめ、正装を身にまとい、堂々と入場する様は学園で見る時以上に、かっこよく周りの女性陣の視線を釘づけにしている。

次に入ってきたのは、第一皇子エルドレッド様だった。

イライアス皇子を初めて見た入学式でも、イライアス皇子を武人のようだと思ったけれど、エルドレッド様はイライアス皇子よりも体格が良く、強そうである。

そのあとは皇帝陛下と皇妃様が入って茶会が始まる。

でも、あれ?

第三皇子だったオスニエル皇子はトリフォニアにいるからいないけれど、第二皇子のユリシーズ皇子はどうしたのだろうか。

皇族の入場が終わり、またホールにざわめきが戻る。

「エルドレッド様の婚約の発表でもあるかと思ったが、違ったな」とか「ユリシーズ様は今年もお見掛けしなかったな」等今しがた入場した皇族について皆あれこれと話している。


それから人々は思い思いに散っていき、目当ての人と話をする。

私たちもたくさんの人と話した。

薬師団長は治癒師団長と違い子供の偏見がないようで、絆創膏に使っているラーナの話からテルミス商会で扱っている靴の調整パッドへ発展し、最終的には靴が合わないことによる体のゆがみについて話していた。

テレンスさんも交えて、熱く語っている様は、社交場というより研究室で話しているような雰囲気だった。

同じSクラスのクリス様にも会った。

こういう場で会うのは初めてだったが、クリス様と話したそうにしている女性の視線が痛く、簡単な挨拶をして離れた。

宮殿のパーティは、予想通り人が多く、いつしかテレンスさんやバイロンさんとも離れてしまった。

バイロンさんたちを探してあちらこちらに目をさまよわす。

そうすると嫌でも実感する。

学園には貴族ばかり通っていたのだなと。

年配の方は分からないが、若者の顔はどの子も学園で見たことあるからだ。


だから会いたくない人にも会ってしまうのだろう。

「テ、テルーちゃん!? なんで君がこんなところに来ているんだい?」

その声を聞いて、ぞわりと鳥肌が立った。

声の方を振り向き、1歩後ずさる。

彼は私の手を掴み、肩を抱き「招待状がないと入ったらダメなんだよ?」と諭してくる。

当たり前だが、私は招待状があるからここにいるのだ。

なのに、この人は以前と同様私の話を聞こうともしない。

「まぁ、今日は僕の連れってことにしといてあげるから」

「招待状ならありますから大丈夫ですわ。ご親切にありがとうございます」

そう言って頭を下げ、さりげなく距離を取る。

肩の手は離れたが、まだ手は掴まれたままだ。

Sクラスに上がり、お買い得だと言われた時も、この人は手を掴んできたんだった。

あの時は話が……通じなかった。

ここは直接的に手を放すよう言うべきだろうか。

どうしよう。

考えているうちに、全く離れない手が気持ち悪く、怖くなってきた。

暴言を吐かれているわけでも、暴力を振るわれているわけでもない。

結界が作動しないから、きっと悪意もない。

ただ手を掴まれているだけ。

それだけなのに……なぜか、怖い。


そっと誰かの手が触れ、掴まれていた手が離れる。

「どこの誰かは知らないが、嫌がる女性の手を掴み続けるのは感心しないな」

顔をあげてほっとする。

いつの間にか、握られている手首ばかり見て周りを見ることができていなかった。

良かった……アルフレッド兄様が来てくれた。

もう大丈夫だ。

兄様は、私をかばうように彼との間に入って、追い払ってくれた。

「テルミス、大丈夫かい?」

目を覗き込まれて、ハッとする。

助けに来てもらって、安心して、忘れていた。

アルフレッド兄様と呼んじゃだめだった。

ニコリと笑って、丁寧にお辞儀をする。

「助けていただきありがとうございます。もう大丈夫ですわ。

なぜだかズキリと心が痛む。

今度はアルフレッド様の反応が怖くて、心臓が早鐘を打つ。

一瞬の間も居た堪れなくて、何か言おうと口を開きかけたところで頭上から言葉が降ってきた。

「いえ、もう少し早くお助けできず申し訳ない」

さっき話しかけられた時には確かにあった親しみがなくなった他人行儀な言葉に、自分から始めたことだというのにショックを受ける。

またも沈黙が落ちる中、音楽が変わる。

「最後にテルミス嬢にダンスを申し込んでもよろしいでしょうか。マリウスの親友であり、兄代わりとしてこの役目は譲れません」

どちらかと言えばダンス好きが踊る嗜好性の高いダンスであるテカペルと違い、男女が向かい合って踊るフォーマルなダンスは、トリフォニア王国でも、クラティエ帝国でも最初は、家族か婚約者と踊るのが普通だ。

アルフレッド様はここでも兄代わりとして役目を果たそうとしてくれているようだ。

アルフレッド様が言う「最後」がどういう意味なのか問いたい気持ち半分、わからないままにしておきたい気持ち半分。

ずっとアルフレッド様を兄様と呼んでいたかったと思う子供な私の心を押し殺して、アルフレッド様の手を取った。

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