第181話

宮殿に足を踏み入れる。

前回ここに来た時は、メイドの格好だったななどと思いだす。

あの時はアイリーンの結婚式で、父様とアルフレッド兄……アルフレッド様が来てくれたんだ。

それで、そのあとメンティア侯爵やギルバート様、それに父様やアルフレッド兄……アルフレッド様がスキル狩りを解決してくれたおかげでこの夏はドレイト領に帰ることもできた。

いろいろあったなぁ。


それにしても……ついつい兄様と呼んでしまいそうになる。

アルフレッド様は、もう公爵の弟と認知され始めている。バイロンさんによると、今までも兄様……ではなく、アルフレッド様は騎士団で人気があったそうだが、輪をかけて人気がすごいそうだ。

だからもう兄様と呼んではいけない。本当のご兄弟もいるのだから。

アルフレッド様、アルフレッド様、アルフレッド様……。よし。

今日は間違わないようにしなくちゃ。


アルフレッド様の名前を呼び間違えないようにと心を引き締めているうちにホールに着く。

「始まるまでまだ少しありますから、ゆっくりしていましょうか」

ドリンクを取って、ホールの端へ移動する。

「あの子。公爵家で見たわ。留学帰りの弟君とテカペルを踊っていた子よ」

「どなた?」

「何でもテルミス商会の子だとか」

不躾な視線とともに、さわさわと声がする。

まだ人が少ないからか絶妙に聞こえるのが居た堪れない。

「テルーちゃん、一気に知名度あがちゃったねぇ」

「なんででしょうね」

アイリーンが言っていた。注目されると、身に着けているものはもちろん、一挙手一投足、全てを見られていると思うようにと。

どうして注目されているかわからないが、とにかく頭の先からつま先まで意識しながら歩く。

頭はまっすぐ、首は長く、胸を開いて、ふうと息を肺に入れる。

大丈夫。前見て、悪意だったら受け取らなければいいんだから。

「そりゃあ、アルフレッド様とテカペル踊ったからじゃないかな。彼、あれ以降どこの茶会にも夜会にも出ていないらしいから。興味津々なんだと思うよ」

バイロンさん曰く、既にバートランド様が公爵家を継いでいるから、アルフレッド様が公爵家を継ぐことはないとはいえ、前回の公爵家の茶会で兄弟仲が良いのを目にしている貴族たちは、アルフレッド様と縁をつなぎたがっているだろうとのことだった。

「今頃アルフレッド様の所には釣書が殺到しているでしょうねぇ」

結婚?

いつまでも兄様だと思っていたのが、間違いだったと気づいたのが最近。

そのうえ結婚だなんて、ますます兄様が、アルフレッド様が遠くなってしまうようで、ずきりと痛む。

テレンスさんが肩に手を置く。

「テルーもよ」

え? 何の話だっただろうか。聞いてなかった。

「テルーも今までSクラスの平民学生ってだけで目をつけられていたんでしょ。それが蓋を開けてみたら伯爵令嬢で、公爵家にも何やら縁がありそうだと考えればあなたに近づきたい人はいっぱいいるはずよ。今日は覚悟なさい」

え? 覚悟? 

私の顔が引きつったところで、後ろから声がかかる。

「バイロン様、テレンス嬢。此度はいろいろと尽力いただきありがとうございます。あの絆創膏でしたか、あれはなかなかいいですねぇ。うちの仕事も随分しやすくなりましたよ」

バイロンさんたちに声をかけてきたのは、宮廷治癒師団長だった。

バイロンさんが私をオーナーだと、絆創膏は私と私の専属で作ったのだと紹介してくれる。

「お初にお目にかかります。テルミス、ドレイトと申します」

「あぁ、君がSクラスになったというテルミス嬢か。こんな可愛らしい子だったとは驚きました」

治癒師団長はその一言を返しただけだった。

バイロンさんやテレンスさんには話すのに、私に話を振ることはない。

時折、バイロンさんやテレンスさんが話を振ってくれるが、治癒師団長は私が話してもあまり真剣に聞いていないようで、まるで空気にでもなった気分だった。

彼とは初対面のはずだ。私、何か……した?

治癒師団長との会話はそんなに長くなかったはずだが、彼が離れた時にはどっと疲れていた。

「まだ時間はありますから、ちょっと庭にでも出ましょうか。バイロンさんいいかしら?」

私の肩を抱いて、テレンスさんが提案してくれる。

「それがいいですね。ここはなんだか空気が悪そうですから」

そうバイロンさんに言われて、テレンスさんと私は庭に出た。


風が顔に当たる。

あぁ、気持ちがいい。

「テルー、多分今日はああいうのがたくさんあると思うわ。プライドだけ高い人って男も女も結構いるのよ。特にこういう場では、ね。まだテルーは子供でしょう? だから大人より劣ってるはずって思ってるのよ。絆創膏はアンタの発想で、ルカが作ったものには違いないのだからどんなに見下されても胸張ってなさいね」

そっか。

子供……だからか。それは、どうしようもないなぁ。

でも。

「ふふっ、ふふふ」

「何、急に笑ってるのよ」

私の周りには、私のことを心配してくれる大人がたくさんいる。

そう思うと嬉しくて、ついつい笑ってしまう。

「ふふふ。テレンスさん優しいなって思っただけです」

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