第180話

今日は社交シーズン最後の宮殿の茶会だ。

朝からアグネスは、私のセットに余念がない。

湯あみをし、丁寧に髪を梳き、セットする。

サリーは準備中で動けない私のために一口で食べられるような小さめのおにぎりを持ってきてくれた。

「もう! そんなに食べたらコルセットが……って、今日のドレスはコルセット要らないんでしたわ。でもお嬢様、おなかがポッコリしたら恥ずかしいですからほどほどにしてくださいませ」

そう言うアグネスはおにぎりを食べる暇もなく、私の準備にかかりきりだ。

「朝から何も食べていないでしょ? アグネスも食べて」と言って、一つおにぎりを口に押し込む。

アグネスはもぐもぐしながらも、手が止まることはない。

「ありがとうございます。でも、私はお嬢様たちが出発されたらゆっくり食べるので大丈夫です」

ちなみに、ベティちゃんも最終のドレスの調整のため来てくれたが、すとんとしたドレスはほとんど直しが必要なく、アグネスが忙しく動くのを横目におにぎりを次から次へつまんでいる。

それにしても、この新しいドレス。

なんて楽なんだろう。締め付けなし、重さなし。あぁ、とっても気持ちがいい。


一通り準備が終わり、バイロンさんの待つ1階へ。

テレンスさんがまだ来ていないので、二人で待つ。

「それにしても……テルーちゃんのドレス、いいねぇ。アーロンの奴廃業したからその形のドレス着た姿初めて見たよ。コルセットもいらないんだろう? これ売れるだろうねぇ。テルーちゃんも気に入ったみたいだし、こないだ公爵家で着たベティのドレスも評判よかったし。オーナー、ベティのこのドレスをこのテルミス商会で手掛けません?」

「テルミス商会でベティちゃんのドレスを?」

バイロンさん曰く、公爵家の茶会で着たドレスはもうすでに話題になっているらしく、何件か問い合わせも来ているらしい。けれど、アーロンさんは廃業してしまったし、ベティちゃんは店を持っているわけではなく、女性だから他の店では下働きのような仕事しかしていない。

テルミス商会ならベティを中心にドレス事業を展開できるだろうとのことだった。

「それに、これからは社交が増える。その度にドレスを作るのは結構大変なことだ。だから、もう自分たちで賄う。サリーたちと同じく、ベティ自身はテルーちゃんの専属ということにして、人を集めましょう。それに、ベティが味方の方がテルーちゃんもいいと思うし」

なるほど。

いいかもしれない。


そんな話をしているとテレンスさんがやってきた。

いつもぼさぼさ髪で研究所の紺衣しか着ていないテレンスさんが、ドレスを着ているのは驚いた。

髪も後ろでふんわりまとめてある。

「研究者は結構式典とか、資金集めにパーティとか行くこともあるのよ。私だってドレスくらい持っているわ」

ネイトと私たち三人で馬車に乗り、宮殿に向かう。

かなり早く出たはずだが、もう人が集まり始めている。

「お嬢様、気を付けて」

「危なくなったら何をするかわかっていますね?」と問いかけられるような視線に、しっかり頷く。

ネイトはホールまでは入れない。

けれど、また彼は終わるまで待っていてくれるらしい。きっと今回も私の声を追うはずだ。

大丈夫。覚えてる。何かあったらとにかく声に出す。

そしたら誰も気が付いてくれなくても、ネイトだけは気づいてくれる。




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