第179話

ヴィルフォード家での茶会のすぐ後、マリウス兄様はトリフォニア王国へ帰っていった。

前日の夜に思いっきり泣いてしまったからか、兄様が出発するその時は「帰らないでって言いましたのに」と少しばかり恨み言を言えるくらいまで、回復していた。

兄様は帝国に残ってはくれなかった。

まぁもうすぐ学校も始まるし、当たり前だ。

だから兄様に「帰らないで」とわがまま言って、大泣きしたって何一つ状況は変わっていないのだけど、私の心は大掃除をした後のように清々しい。

兄様は、頼れる人を見つけなさいと言った。この頼れる人っていうのは、多分。

マリウス兄様のように、一緒にいると安心できる、弱音を吐けるそんな相手なんだろうな。

兄様以外にそんな人ができるだろうかと思うと同時に、これからマリウス兄様には弱音をこぼすことが増えるだろうなと思った。


マリウス兄様の帰国とは入れ替わりにサリーも帝国に戻ってきた。

アグネスも随分ここでの暮らしに慣れてきた。

私にはまだフレンドリーとはいいがたいが、公爵家の茶会の後「アンタ一人じゃ大変そうだから、これからは私がお世話を手伝ってあげるわ」と言い、その日からアグネスは私のことをお嬢様と呼び始めた。

驚くほどの変わり身に皆が「どうした?」と聞けば、「お仕えする主をアンタとは呼べないでしょ。だからお嬢様も、ちゃんとアグネスとお呼びください」と言われる始末。

もともと侍女をお願いしたいと思っていたので問題ないが、アグネスは私の侍女と宣言することで、ここで生きていくことを決めたようだった。


兄様の帰国後もバイロンさんのご実家の茶会や有力な商家の茶会に赴いた。

私がヴィルフォード公爵家でテカペルを踊ったことが広まっているらしく、多くの人から声をかけられた。

靴の申し込みがたくさんあったようで、バイロンさんはホクホク顔だ。

バイロンさんのご実家の茶会ではジェイムス様にもあったし、商家の茶会では当たり前だけど、デニスさんもいた。

いつもは学校で制服で会う二人に、茶会という社交の場でドレスで会うのはなんだか見慣れなくて面白かった。

私が踊るテカペルを見て、別々の茶会だというのに示し合わせたように二人が言ったのが「あれだけの運動音痴が!?」という驚きの声だったのは解せないけれど。


そうして夏の終わり、最後の茶会が……宮殿での茶会だ。

私がトリフォニアに行っている間に、テレンスさんの研究結果をもってバイロンさんが絆創膏の特許を取った。

それと同時に騎士団での試験使用も始まったようで、その関係でテルミス商会にも宮殿の茶会に招かれているのだ。

テレンスさんによると、絆創膏は圧倒的に聖魔法使いが足りない現状で、とりあえず自分で応急処置ができるようになる商品なのだから、国としても随分注目している商品なのだそうだ。

茶会には、バイロンさん、私、そして研究員のテレンスさんが行く。

ヴィルフォード公爵家の茶会では、ベティの作ったグリーンのテカペルが8割増しに見えるドレスで、バイロンさんのご実家では母様が作ってくれ、トリフォニア王宮でも着た紫のドレスで、そして商家の茶会には母様が作ってくれたもう1着の黄色のドレスで参加した。

もう手持ちがない。

ヴィルフォード公爵家の茶会も宮殿の茶会も予想外だったので、どうしようかと思いながらベティに相談すると、ベティがさっと1着のドレスを差し出してくれた。

それは、最初にアーロンさんの店で見たエンパイアラインのドレス。

「このドレスの形が好きだって言ってたでしょ? だから、こっちも作ってたの。だって、アーロンさんのドレスがこのまま埋もれるなんて嫌だもの」

夏の森のような深く、鮮やかなグリーンのドレスは、私にぴったりと合った。

「わぁ! ありがとう。やっぱりこのドレスも素敵。ベティのおかげで今度の茶会も何とかなりそう。それにしても、ベティは緑が好きなの? 前のドレスも緑だったでしょう?」

「え? あぁ、それはテカペルを練習されているお嬢様ばかり見ていたので、その印象で」

「踊っている私は緑っぽい印象ってこと?」

「えっと、そのだから……それ! そのお嬢様がいつも身に着けているネックレスを想像して作ったの」

そう言ってベティが指さすネックレスは、私が護身用に身に着けているアマティスタと灰色がかったぺルラのネックレスだ。

なるほど。

グレーのぺルラは、光に当てるとグレーの中に緑が煌めき、とても綺麗なのだ。

ベティがこれの印象で緑のドレスを作ってしまう気持ちもわかるような気がした。


「そうなの。それはよかった。実は、当日つけるアクセサリーもこれと同じ宝石を使うから、ドレスにも合ってちょうどいいわ」

教会から狙われているかもしれないという話を聞いたアルフレッド兄様が、大粒のグレーのぺルラを使ったネックレスを贈ってくれたのだ。

価格の高い白のぺルラではないとはいえ、このサイズ、質のぺルラなら結構値が張ると思い遠慮していたけれど、結局は押し切られる形でもらってしまった。

一粒のぺルラは金で縁取られ、周りには小さなアマティスタがちりばめられとても綺麗だ。

私の護身用ネックレスはさすがに茶会には付けていけなかったが、これならば茶会にも堂々とつけていける。

グレーのぺルラはなかなか手に入らないだろうに、短期間でこんなにも上等なぺルラを手に入れられるとは、さすが公爵家だ。

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