第177話
「アルフレッド、大きくなったなぁ。帝国に帰ってきているなら早くうちに帰ってきてほしかったぞ」
アルフレッド兄様の肩をポンポンと叩きながら、話すバートランド様は本当にアルフレッド兄様の帰りを待ちわびているかのようだった。
「あぁ。これからは時々帰るようにする」
そういうアルフレッド兄様を見て疑問が浮かぶ。
バートランド様との仲は良好のようなのに、なんで今まで帰らなかったのかしら? と。
答えがわかるのにさして時間はかからなかった。
理由はきっと賢者……なのだろう。
茶会に来る前にアルフレッド兄様が教えてくれたのは、兄様が複数スキルを使えるがために賢者と言われ、それがお家騒動にまで発展したということ。
その時の騒動の担い手であるバートランド様のお母様の実家は、もうバートランド様が手を回して問題がないらしい。
けれど、きっと兄様は再びヴィルフォード公爵家に戻ることで新たな火種になりたくなかったのではないかと思う。
帝国に来てからの兄様は騎士としての仕事も好きそうだったから、煩わしい社交とは距離を置いて騎士として生きたかったというのもあるかもしれない。
であるのに、兄様は今日の茶会に来てくれた。
私のことなど放っておいて、不参加することだってできたのに。
今考えていることは、もしかしたら自惚れなのかもしれない。ただただ、バートランド様に会いたくて来たのかもしれない。
けれどそうではない可能性を思いついてしまったから、これからはもっとよくアルフレッド兄様のことを見ようと思う。
兄様が自分よりも私を優先することがないように。
アルフレッド兄様とバートランド様の会話を傍で聞きながら、そんなことを考えていたらバートランド様がこちらに向き直った。
なんとなくアルフレッド兄様に似た雰囲気で、やはりどこかで会ったような気さえしてしまう。
「君がアルフレッドの親友マリウス、妹分のテルミス嬢だね。アルフレッドが世話になった」
そういうバートランド様の横で「ちょっと! どこでその話を」とアルフレッド兄様が慌てて止めに入る。
なんでもアルフレッド兄様はヴィルフォード公爵家に手紙を出したことはないそうだが、バートランド様は、昔ヴィルフォード公爵家に乳母として仕えていたサンドラさんとは今も定期的に会うそうで、アルフレッド兄様の情報は筒抜けだったらしい。
「君のお店にも行ったよ。新商品だというパイを試食したときはあまりの美味しさに驚いた」
「え?」
そう言われてやっと気が付く。
どこかで見たことがあると思ったのは、アルフレッド兄様に似ているからだけではなかったのだ。
本当に以前会っていた。
あれは、瑠璃のさえずり開店の日。
あまり売れてないパイを売り出すため、試食を出した。
真っ先に手を伸ばしてくれた青年が……今目の前にいる。
「え? 開店日に来てくれた、あの?」
「覚えてくれてたんだ。嬉しいなぁ」
兄様二人が何の話だという目をするので、かいつまんで開店日の様子を話す。
「兄上、何やってんですか」
「今まで何度帰って来いと言っても帰ってこないアルフレッドが帰ってきたんだ。なんでと思って調べるのは当然だろ?」
当たり前のように話すバートランド様をじろりと見るアルフレッド兄様。
「だとしても、普通公爵その人が直接行かないと思いますよ」
嘆息しながら話すアルフレッド兄様に「確かに普通はそうだな」とこれまた当たり前のように話すバートランド様は、もしかしたらすごく変わっているのではないだろうか。
「まぁまぁ。だから、こういうことも知っている」
そう言ってバートランド様は、音楽隊に手をあげる。
すると穏やかな曲が終わり、リズムの良い音楽が鳴り始める。
これは……テカペルの音楽。
驚いて、バートランド様を見る。
バートランド様はにっこり笑って、「またゆっくり話そう。行っておいで」と言って、私とアルフレッド兄様の肩を叩いた。
アルフレッド兄様はまた一息ついて、私の手を取る。
「一緒に踊ってくれますか?」
豪華な衣装に身を包み、流れるように私の手を取る兄様は、どこからどう見ても貴公子で、やっぱりアルフレッド兄様は、私とは住む世界の違う雲の上の人なのだという気がした。
「喜んで」
アルフレッド兄様のエスコートについてホールの中央に行くと、私たち以外にもダンス自慢の貴族たちがテカペルを踊っていた。
どの人もとても上手だ。
どくどくどくどく。
急に胸の鼓動が速くなる。
私、出来るかしら?
確かに、練習した。とてもたくさん。
けれど、私は運動音痴だし、リズム感はないし……。
「テルミス、大丈夫だ。それにそのドレスには、その靴には魔法がかかっているんだろう」
さりげなく緊張する私の耳元でささやくアルフレッド兄様。
そうだった。
この靴は私にぴったりの靴。
素敵な靴は素敵な場所へ私を連れて行ってくれるのだ。
それにこのドレスも。
ベティがテカペルが一番映えるドレスだと言って作ってくれたのだ。
「これさえ着ていたら、大丈夫です。8割増しによく見えます!」と豪語していた。
「ふふふ。そうでした。ありがとうございます」
思い出したら、自然と笑っていた。
「それじゃ、踊りましょうか。お嬢様」
どこか芝居がかった様子でアルフレッド兄様が手を出す。
そこから、頭のてっぺんからつま先まで神経を通わせるように。
ヴィヴィアン先生との特訓の日々で体にしっかり叩き込まれたダンスは、多少緊張していても体が覚えているようだ。
アルフレッド兄様が笑って言う。
「格段に上手になっているじゃないか」
ちゃんとリズムに乗って踊れることが楽しくて、私も笑顔で「ふふふ。すごく練習したんですよ」と答える。
ベティが作ってくれたドレスは普通に立っている時には目立たないが、花びらのような独立した布が何枚も重ねてあるので、くるりと回るたびに、スカートの裾がひらりひらりと舞い、速いステップの際は体が上下に動くに合わせてふわりふわりと膨らむ。
袖のドレープも、手を下げている時は目立たないが、踊り、手を宙に挙げると手の動きに合わせて流れるようにはためく。
8割増しってこういうことかとくすりと笑う。
リズムに乗れることが楽しくて、自分の動きに合わせてひらりひらりと舞うドレスが面白くて、「上手になったな」と言いながら笑いかけるアルフレッド兄様とのやり取りも楽しくて。
苦手で憂鬱だったはずのテカペルは、曲が終わるまでずっとずっと笑顔のままだった。
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