第176話

アグネス様がやってきてごたごたしていたら、あっという間にヴィルフォード公爵家の茶会の日になった。

アグネス様はあの日……テレンスさんが怒鳴り込んでいった日から、少しずつ部屋を出るようになった。

私にはまだあまり話しかけづらいみたいだけれど、テレンスさんにはかなり懐いているようだ。

一緒にご飯を食べるようになって、我が家の食卓はまた一段とにぎやかになった。


そして。

「もう信じらんない! 公爵家の茶会なのに、何も髪をしないなんて。ドレスはいいのに……全く駄目じゃない! 大体アンタ伯爵令嬢になったんでしょ? なんで侍女の一人もいないのよー」

そう言って、私の髪を整えてくれるのはアグネス様だ。

茶会の日取りが近づいているのに、ドレス以外の準備をしている様子のない私をハラハラして見ていたらしい。

そして数日前についに耐えきれなくなって、口をはさんだというわけだ。

「侍女がいない? え? 誰も? 当日だけ手伝いに来てくれる人もいないっていうの? 駄目じゃない!」

私よりもかなり慌てた様子のアグネス様が、ドレスはどれ? 靴は? 髪はどうするつもりなの?と一通り質問攻めにし、「もー時間が足りないじゃない。全くもー!!!」と言いながら、あれこれ考えてくれた。

まだアグネス様とはすごく仲良くなったというわけではなかったから、「手伝って」とは言いにくかったのだ。

言い出せなかった私が悪いのだけど、「もー!」と口では怒りながら、どこか満足げに働いてくれる様を見ると、少しは仲良くなったような気がしてクスリと笑ってしまう。


茶会に行くのは、アルフレッド兄様、マリウス兄様、バイロンさんと私だ。

マリウス兄様はなぜか公爵に会っておきたいようで、滞在期間を伸ばしたほどだ。

幸いにも招待状にはお連れ様もと記載があったので、マリウス兄様も問題なく参加できる。

公爵家までの道中はネイトも一緒だ。

馬車と共に茶会の終わりまで待つというのだから、前回トリフォニア王国で参加した王宮の茶会のようにきっと何かあった時のために耳を澄ましているのだろう。


余裕をもって出たはずだが、公爵家に近づくにつれて渋滞が起き、結局到着したのは開始時間より少し前だった。

会場となる公爵家のダンスホールは、トリフォニア王国の王宮と比べても遜色ないほど広く、豪華で、参加する人数もまた王宮の茶会とも引けを取らない人数だった。

道理でアグネス様が顔を青くするはずだ。

クラティエ帝国の公爵という地位はちょっとした小国の王と同じくらいの力を持つのだ。

そう。つまり王宮に招かれたも同義。

普通の貴族の茶会以上に、ちゃんとした装い、振る舞いが求められる。


会場に入ってしばらくすると、今回のホストであるヴィルフォード公爵その人が入場してきた。

ざわりと会場がざわめき、無数の視線が彼に突き刺さるのがはたから見ていて分かった。

あの方が、現ヴィルフォード公爵バートランド様。アルフレッド兄様のお兄様。

そう考えると、隣に立つアルフレッド兄様とバートランド様は髪や瞳の色こそ違えど、どことなく同じ雰囲気をしているような気がした。

初対面のはずなのに、どこかで会ったような。そんな気がするのは、アルフレッド兄様に雰囲気が似ているからかもしれない。

そういえば……私今でもアルフレッド兄様と呼んでいるけれど、本当の兄弟がいるというのに兄様と呼んでいいのかしら?

不意に疑問に思い、アルフレッド兄様を見上げると、当の本人は何とも思っていないのか「どうかした?」ときょとんと聞き返す。

私もなんといってよいかわからず、「いえ、何でも」と返した。


アルフレッド兄様のお兄様バートランド様は、挨拶に来る貴族たちに挨拶を返し、時折談笑しながら人の波をすり抜けていく。

バチリ。バートランド様と目が合った。

やっぱりどこかで会ったような気がする。そんなことを考えていたら、するりするりと挨拶を交わしながら、バートランド様がこちらにやってきた。

あぁそうか。きっとアルフレッド兄様に会いに来たのだ。


その予感は的中して、バートランド様は私たちのもとに来るなり、「よく帰ってきた」と言ってアルフレッド兄様を抱きしめた。

「あれは誰だ?」という声が、あちらこちらで上がる中、どこかの誰かが言った。

「ヴィルフォード公爵の弟君じゃないか? 外国に留学していると聞いたが」

その言葉が決定打になった気がした。

ずっとアルフレッド兄様を兄様だと思い接してきた。

アルフレッド兄様がヴィルフォード公爵家出身と聞いても、どこかで今まで通り私の兄様だと思っていた。

けれど並び立つ二人を見て、ざわめく人々の声を聞けば、どうしてもアルフレッド兄様が遠い……私の手の届かない存在に感じてしまうのだった。

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