第173話

今日はマリウス兄様も帝国まで来てくれたから兄様に帝都を案内している。

トリフォニア王国を予定よりも早く出ることになったから時間もあったのだ。

海街では、離れて暮らす私の兄ということでマリウス兄様は大歓迎を受けた。

やはり海街は異国情緒漂う街だから、兄様もあれこれ物珍しそうに見ていた。

特にアンナさんの所で餅を試食させてもらったときは、バイロンさんと同じように真っ黒のソースである醤油に驚いていた。

ふふふ。

思えば兄様と街歩きをするのは、冒険者登録に行った以来だなと思い出す。

トルトゥリーナの前では、いつも通り人だかりができていて、人だかりの真ん中でチャドが商品を売り込んでいる。

私たちは後ろの方で見学していたけれど、未だに「おぉ!」なんて声が上がっている。

兄様も「すごいな」とチャドの語りに耳を傾けていた。


そして、最後はもちろん瑠璃のさえずりだ。

「兄様、兄様。こっちです!」

マリウス兄様の手を引いて、店へと連れていく。

「すごいな。テルミスは。本当にお店をだすなんて」

そう言って兄様は私の頭をポンポンとしてくれる。

お店に入って頼むのは、ここでしか飲めない甘麹ミルクだ。

暑かったし、歩き回って疲れていたからちょうどいい。

季節はもう夏。今は新味ブルーベリーだ。

冷たくて、美味しい。

美味しいねと言い合って、歩いているとネイトがスッと私の前に立つ。

何かなと思えば、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「もうなんなのよー! 私は一言言ってやりたいだけよ!」

まさかと思い、ネイトの後ろから顔を出すとそこにはやはり思った通りの人物がいた。

「アグネス様!?」


兄様との街歩きを中断して、アグネス様を連れて家に帰る。

応接室に通して訳を聞けば、アグネス様は家を出されたのだという。

「え?」

「何呆けた顔してんのよ。アンタが言ったんでしょ」

「アグネス様、私は確かにブレイクリー子爵とはお会いしましたが、そんなこと頼んでなどおりません。大体、私にそんな権限あるわけないではないですか」

そう言うと、アグネス様の顔が歪む。

あ、これは……泣きそうな顔だ。

「アグネス嬢。悪いが、うちのテルミスは絶対にそんなことをする子じゃない。だけど何があったか順に話してくれないかい」

マリウス兄様に諭され、アグネス様がぽつりぽつりと今までの経緯を話していく。

去年の課外授業で私を攻撃したことやそれで退学になったこと。

トリフォニア王国に行くブレイクリー子爵から手紙が届き、アグネス様は家を出されたこと。

課外授業の時の話は、マリウス兄様にしていなかったので、まるで「聞いていないぞ」というようにじろりと見られた。

「家で聞いたのよ。私が手を出した子がトリフォニアで陛下に声を掛けられていたって。私の手をかけたって言ったら、あの海の民かアンタしかいないじゃない。海の民はトリフォニアにはいかないだろうし、アンタのことだってすぐわかった」

全部話し終わったアグネス様から敵意が消え、今度は頼りなさげに、絞り出すように声を出す。

「わかっているわよ。アンタがそんなこと言わないことくらい。あの人が実子を手元に置いておくより、私を切って、アンタの機嫌取ろうとしたってことくらい……わかっているわよぉぉぉ」

最後は耐え切れず涙を流しながら、話すアグネス様を見て、ブリアナ様がアグネス様のことを可哀想な子と称した理由が少しわかったような気がした。


私はライブラリアン。

世間から見れば、無能で無価値。

だけど、家族は一度も私を無能扱いなんかしなかった。

一度も私を厄介者だと放り出したりしなかった。

アグネス様は、スキルもよく、容姿もいい。

私からしたら何でも持っているように見えるけれど、それでも足りなかったのだろうか。

子爵がアグネス様を我が子として愛するには何かが。


「アグネス様、これからどうするんですか」

気づいたら、聞いていた。

「さぁ? 宝石売ったら何とかなるでしょ」というアグネス様は生粋のお嬢様だ。

私のように山の中を旅した経験があるわけでもない。

このまま放っておいたら危ないのでは? 

本当は侍女をしてほしい。そうしたらアグネス様も仕事ができるし、私も助かるしウィンウィンだと思う。

ただ……アグネス様は嫌だろうなぁ。

なんて言おうかなと考えて考えて、考え付かず。

結局「今日の所はうちにいなよ」と私は問題を先送りにした。

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