第172話

茶会の後、帰ってきた父様たちと話しあい、念のためと王都を離れることになった。

決め手になったのは、おそらく司教の言葉。

話し合いの中で私に変なことを言った人はいなかったか? と聞かれたので、司教がぽつりと「見つけた」とつぶやいていたのを話した。

すると皆、一様に顔をしかめ、ネイトの提案通り早めにクラティエ帝国に戻った方がいいだろうということになったのだ。


帝国に行くのは、マリウス兄様と私、ネイトと護衛が二人。

馬車ではなく、皆馬に(私はお兄様と一緒に)乗って、カラヴィン山脈を横断し、一気にベントゥラ辺境伯領からクラティエ帝国に入る。

サリーはあとからやってくる予定だ。

馬だったからか、縦断ではなく、横断だったからか、2年半前と同じように山ルートだったというのに、あっという間に帝国に戻ることができた。


帝国に戻って驚いたことは、マリウス兄様がナリス語ペラペラだったことだ。

帝国に来たばかりのころ、ホームシックになり、兄様に弱音を吐いたことが一度あるのだが、その時から兄様はナリス語を共に勉強していてくれたらしい。

私が通訳として兄様の力になろうと思っていたのに驚きだ。


そしてもう一つ驚いたのは……。

「ヴィルフォード公爵家!? なんで公爵家から招待状が!?」

夏の社交でテカペルを踊って、靴の宣伝をしようと思っていた私たちだが、おもいもよらぬ所から招待を受けていた。

今まで全く何も接点がなかっただけに、戸惑う。

行くのは、バイロンさんのご実家のバートン家かジェイムス様のアンブラー家、もしくは商人つながりの平民の開く茶会かと思っていた。

それがまさかの公爵家。

なんで……。

そう思った時、口を開いたのは私が帰ってきたと知り我が家に来ていたアルフレッド兄様だった。

「それは……俺のせいかな」

「アルフレッド兄様?」

そこからアルフレッド兄様が話すことは驚きの連続だった。

「俺が帝国出身なのは、話したよね? もっと話すと、そのヴィルフォード公爵家が俺の生家なんだよ」

兄様が話すには、前ヴィルフォード公爵家には二人息子がいた。

一人は現在ヴィルフォード公爵を名乗っておられるバートランド様、もう一人が……アルフレッド兄様だ。

ただし、バートランド様のお母様はバートランド様を産んですぐに亡くなられたらしく、アルフレッド兄様とは腹違いの兄弟だ。

転機になったのは、スキル鑑定だ。

アルフレッド兄様は年も近かったオスニエル陛下の友人としてたびたび宮殿に遊びに行っていた。

そこで、オスニエル陛下と共にスキル鑑定を受けるのだが、そこで出たのが……嵐だったという。

「嵐? 魔力強いのですね。兄様」

普通なら、少し水が出るだけのはずだ。

嵐の規模となると、魔力が多いはず。

それに、先天的な魔法のセンスもあるってことかしら。

などと考えていたら、マリウス兄様が口を開く。

「テルミス。確かにそうだけど、驚くのはそこじゃない。嵐は、水と風の両方のスキルを持つってことじゃないか?」

「え?」

スキルは一人に一つだけ。それが常識だ。

だが、あの鑑定具は最も得意な属性を引き出すのだから、理論的には二つ引き出すのも可能なのかしら。

でも……そんな人見たことないのよね。

「マリウス。正解だ。俺のスキルは水と風。二つのスキルを持っている。そしてテルミス。今からそれがどういうことにつながったか話すから、しっかり聞いて。テルミスにも関係ある話だから」

二つのスキルを持つアルフレッド兄様を一部の人々が賢者として持ち上げ始めた話をアルフレッド兄様は静かに話し出す。

ここ帝国には、いや信じているのはほんの一部だが、賢者信仰なるものがあるらしい。

その昔流浪の賢者と呼ばれる人がおり、その人が賢者と呼ばれる所以が複数のスキルを使いこなしていたことに起因するからだという。

それ故に水と風二つのスキルを持つアルフレッド兄様は賢者なのではないかと一部の貴族が噂したというのだ。

賢者信仰と言うのは、実際のところそれほど強い思想ではない。

幼い子が姫を守る騎士に憧れるように、人にはない特別な力で弱き者を助ける……そんなヒーロー像を好んでいた人が一定数いるというだけだとアルフレッド兄様は言う。

だからアルフレッド兄様が平民であったなら、珍しがられることはあれ、賢者と持ち上げられることはなかった。

だけど、幸か不幸か兄様は公爵家の出身で、オスニエル陛下の友人だった。

宮殿に来る貴族たちの一部が、賢者の友人のオスニエル陛下が皇太子にふさわしいと言い出したという。

それを聞いて焦ったのが、バートランド様のお母様のご実家だ。

このままではバートランド様ではなく、アルフレッド兄様がヴィルフォード公爵を継ぐかもしれないと焦り始めたのだ。


「それで狙われそうなことに気づいた兄が、俺を逃がしてくれたんだ。それで一時期うちで乳母をしていたニールの家にかくまってもらって、いよいよ危なくなって出国したときに会ったのが旅をしていた前ドレイト男爵とイヴリンさ」

「え? おじい様?」

「あぁ。だから逆ルートだが、俺もあのカラヴィン山脈沿いを旅したことがある」

あぁ。だからアルフレッド兄様とイヴは仲が良かったんだ。

初対面なのに……って思ったのよね。

「それで、アルフレッド兄様……今はもう帝国にいても大丈夫なのですか?」

「あぁ。兄が手を回してすっかり親戚関係はすっきりしたらしいから、もう数年前から戻って来いって言われてたんだ。だが、今テルミスが心配しないといけないのはそれだけじゃない」

「え?」

「今までは平民だったから、問題なかった。でも、伯爵令嬢になったし、社交も始めて貴族とのかかわりが増えるだろう? テルミスは俺よりも賢者の資格があるじゃないか」

兄様が賢者と呼ばれたのは、二つのスキルがあったから……。

あ。私はスキルではないけれど、複数スキルが使える。

「気を、付けます」

「うん。怖がらせたいわけじゃないんだけど、今まで以上に気を付けてほしい。とりあえずヴィルフォード公爵家の茶会は俺も一緒に行くよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る