第170話

「見つけた」とぽつりと司教のこぼした一言は、誰も聞こえなかったようで茶会は何もなかったように進んでいく。

私の中に言いようもない不安を残して。

いや、何事もなかったわけではない。

陛下の目論見通りではあるのだが、多くの人が私を注目し始め、多くの人から声をかけられ、息つく暇もないほどだった。

プリンや靴のテルミス商会のオーナーだとわかり、女性たちの好感は高かったと思う。

大人も子供も皆合わない靴に苦しんでいたのだ。

ちょうどルカが作ってくれた新作の靴を履いていたのも功を奏し、靴の宣伝までできた。

特に、社交が始まる私と同年代くらいの少女の母親には受けが良かった。

「うちの娘は、靴が痛い、痛いと言ってたので、ダンスの練習をさせるのも心が痛かったの。自分も同じように痛くて、ダンスなんてなんで練習しないとだめなのよ! って思っていたから。だから、この靴に出合えて本当良かった」

そう言ってもらったことは、本当にうれしかった。


少年たちからも声をかけられた。

おそらく、クラティエ帝国でSクラスになった時のように、お買い得と思われているのだろう。

中には、親に言われてしぶしぶ話しかけてくる男の子もいたほどだ。

ライブラリアンなんかと親しくしたくはないが、言われたから仕方ない……ということだろう。

もともとスキル至上主義ではないクラティエ帝国から来たブレイクリー子爵は、嫌な顔一つせず私を褒めちぎった。

ただ、引っかかったのが彼の言動だ。

「アイリーン様とは仲がよろしいのですか。実は私の娘もアイリーン様に仕えてトリフォニアに来ているのですよ」

その言葉で、ハッとする。

彼が最初に名乗ったブレイクリーという家名がブリアナ様とアグネス様と同じだということに思い至ったのだ。

たくさんの人に話しかけられて疲れていたとはいえ、名乗られた時点で気づくべきだった。

「ブリアナ様、アグネス様のお父様でしたか」

そう言った途端、一瞬彼の顔が歪んだ気がした。

「テルミス嬢は、どこでアグネスを?」

「昨年ナリス学園で同じクラスだったのです」

彼は、その言葉を聞いて一瞬間を開き、「そうだったのですか」とこれ以上ないほど笑顔で返答した。

ほとんど社交の経験のない私は、何か変だと思いつつも、何がどう変なのか、その笑顔に含まれる意味は何なのかわからぬまま茶会が終わった。


マリウス兄様と合流しようと、そっと「入り口に向かう」と通信機に囁こうと思えば、既に兄様は私の近くまで来ていた。

「テルミス、大丈夫だったか?」

「えぇ、多くの人と話して少し疲れましたけれど」

他愛ない話を兄様と話しながら、入り口に向かう。

入り口で名前を告げれば、順に馬車を回してくれるらしい。

待合室で兄様と名を呼ばれるのを待っていれば、部屋の外が少し騒がしい。

「だから君言っているだろう。ドレイト伯爵の馬車は故障したのでこちらで手配していると」

名が聞こえたので、兄様とともに外へ出てみればネイトが門番に頭を下げていた。

「はい。私はドレイト伯爵に雇われております。ネイトとお取次ぎいただければわかるはずです」

「そんなこと言ってもなぁ……」

門番は明らかに子供のネイトに本当かと訝しみ、困っている。

「ネイト、どうしたの?」

この一言で、ネイトの言うことが本当だとわかり私たちはネイトから話を聞くことができた。

「とりあえず、馬車は壊れておりません。近くに待機しておりますので、そこまで徒歩でお願いします。疲れているところ申し訳ありませんが」

「いったい何が……」と聞きかけた私の言葉を遮り、兄様は素早く「わかった。行こう」と歩き出した。


兄様もネイトも黙ったまま、馬車へと急ぐ。

いつもより少しだけ早い歩調と二人が押し黙る何やら重大な気配に、私も何も言葉を話すことなく黙々と足を動かした。

そうしてやっと馬車へ着き、馬車が動き始めるとネイトが神妙な顔で話し始める。

「館に戻ったらすぐに帝国へ旅立ちたく。許可をいただけませんか」

兄様はひゅっと息を吞み、寝耳に水だった私は間抜け顔で「え?」とつぶやくしかなかった。


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