第169話
あれから茶会の準備は急ピッチで行われた。
私はまだ10歳だというのに、毎日髪や肌を念入りにお手入れされ、クラティエ帝国に行く前にマナーの時間で覚えた貴族の情報をおさらいしつつ、母様からこの2年で変わったことを教わる日々。
ネイトは専属護衛なのに王宮で開かれる茶会には入れないことを大層気にしていて、なんとか音声通信機を作れないかと言ってくる。
それ故にあれこれ試行錯誤したのだが、茶会までの日に完成できたのは、送信用と受信用と分かれたタイプの通信機だった。
まだまだ範囲は小さいが王宮内なら使えるだろうということで、当日私が使う髪留めに送信、マリウス兄様のタイピンに受信を付与した。
今回は
もっと練習したら他の人の声も聞けるようになるだろうか。
そして茶会当日。
「お嬢様、わかりましたか。何かあったらすぐにマリウス様に助けを呼ぶんですよ。マリウス様から聞き返すことはできないのですから、場所、相手、武器の有無、目印になるもの、状況、マリウス様が助けに行くために必要な情報を全て言ってください。たとえ王宮の外に連れ出されても諦めないで話し続けて。約束ですよ」
ネイトに口酸っぱく言われて、馬車を降りる。
「大丈夫。すぐに戻るから。待っててね」
もうスキル狩りは終わったというのに、ネイトは心配症だ。
だがそれも……あの誘拐事件が私以上にトラウマになっているんだろうな。
こうして始まった茶会。
陛下の「どんなスキルでも住み良い国へ」というスピーチから始まり、和やかに進行していく。
この茶会にはプリンや新商品のパイも出されているのだが、これまた好評のようだ。
何人かのご婦人が「テルミス商会の新作ですって」と言って、パイコーナーに急いでいるのを見かけ、本当に商会の知名度が上がってきたのだと実感した。
何人かと話もした。
社交デビューしてすぐにクラティエ帝国に渡ったので、私のことなど誰も知らないかと思っていたが、そういえば商会を始めたことで、ウルマニア公爵夫人とそのご子息たちとはクラティエ帝国に渡る前に会っていたし、アイリーンの結婚式の時に帝国に来たメンティア侯爵とベントゥラ辺境伯のご長男ギルバート様とはお会いしていたのだった。
そして、打ち合わせ通り陛下とアイリーンがやってくる。
カーテシーをして、頭を下げ、陛下が口を開くのを待つ。
何人もの視線が突き刺さり、私だけでなく皆が陛下の言葉に注目しているのがわかる。
「テルミス嬢、今回はプリンにパイと無理を言ってすまないな」
自分で言うのは恥ずかしいが、今回私の価値を自然と演出するため、陛下からの提案で急遽プリンやパイを提供することになった。
サリーはそのため寝る間を惜しんで調理していた。
「至極光栄でございます」
まだ一言交わしただけだと言うのに、「あの子は誰だ?」「テルミス嬢ということは、テルミス商会と関係あるのか?」「まさか、あんな小さい子はお飾りだろう?」「でもさっき公爵夫人と話していたのを見たわ」などと言う声がさざなみのように広がって行く。
「今トリフォニアでは皆を魅了する踊り手がいるんだけどね、彼女も君のところの靴が気に入っていると聞いたよ」
「気に入ってもらえて嬉しい限りです」
今度は女性の声がたくさん聞こえる。「ヴィヴィアンの靴もテルミス商会だったの?」「あら、貴女知らなかったの? 私もそれを聞いてすぐ注文したのよ」「私もよ。歩きやすいわ」などという声だ。
なんだか……むず痒い。
だが次の言葉で風向きが変わる。
「テルミス嬢には、追放されたアイリーンも助けてもらった。感謝する」
「勿体無いお言葉です」
ここトリフォニア王国では、アイリーンが追放されたのは周知の事実。追放されたアイリーンがどうやって帝国まで辿り着けたのかは、変な憶測が飛ぶ前に以前アイリーンがはっきり述べているらしい。
騎士に殺されそうになったことも、その時会ったスキル狩りから逃げていた人から助けてもらったことも。
「では、あの子が!?」「スキル狩りは2年以上前だ。その時なんてほんの少女じゃないか」「じゃあスキルはなんだ」どよめきが広がる。
「素晴らしい。なんと多才なことでしょう」
一人の白い法服を着た司教が私と陛下の会話に入ってきた。
教会は教会独自の世界がある。
だから王をトップとする貴族の世界の枠外にあるらしい。
とはいえ、流石に村の一助祭が王の話に入ってくることはないが、司教ともなれば王とも対等に話すらしい。
「それで、お嬢さんスキルは?」
向けられる笑顔が何故か怖い。
「ライブラリアンでございます」
そう答えると一瞬静まり返り、その後急にざわざわと人々が話しだす。
「見つけた」
ざわめきの中、ぽつり目の前の司教が落としたその一言がすごく気になった。
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