第168話
父様と王宮からの帰り道、唐突に気が付いた。
「父様! 私、そういえば王宮で着れるようなドレス持ってきていません! 陛下に声をかけていただけるので、ちゃんとしなければなりません……よね?」
何も考えてなかったわけではない。
ただ今回の茶会は、何か目的があっていくわけでもなく、私を知っている人がいるわけでもないから、王都で調達しようと思っていたのだ。
1回だけなのだから既製品でいいじゃない? と。
「なんだ。まだ聞いていないのか? マティスがかなり気合を入れてオーダーしてたから大丈夫。帰ったら母様に聞いてごらん」
良かった。母様……ありがとう。
タウンハウスに行き、まっすぐ母様の許へ行く。
「お母様。実は、今度の茶会で陛下からお声がけいただくことになりまして……」
「やっぱりね……。大丈夫。ちゃんと準備はできているわ」
母様は最初からこの展開について読めていたかのように言った。
「母様? 驚かないのですか?」
「何言ってるの。私はテルミス商会トリフォニア支部長よ。トリフォニアにおける商会の価値くらい正しくつかんでいるに決まっているじゃない。新興の商会の中では今一番勢いのある商会なんだから。そのオーナーがライブラリアンの貴女だって知ったら……スキル主義者は驚くでしょうね」
母様、すごい。
完全にオスニエル陛下の意図まで正しく掴んでいる。
商会支部長の母様がここまで自信をもって商会に価値があると言ってくれて嬉しいと同時に、オーナーである自分は商品の事以外は母様やバイロンさんにお任せで、陛下から話をもらったときも私には力不足ではないかと思ってしまった。
そうか。そんなに知名度が上がったんだ。
「さぁ。そうと決まったら、最終調整よ」
母様について奥の部屋へ行く。
そこには、向日葵のように明るい黄色のふんわりと膨らんだプリンセスラインのドレスとラベンダー色のAラインドレスがあった。
「陛下から話がなかったら、可愛らしくて黄色のドレスもいいなと思っていたんだけど、商会のオーナーとして茶会に参加するのなら、ラベンダー色のこっちね」
とにかく明るくて可愛い黄色のドレスと違い、ラベンダー色のドレスは、色味こそ抑え目だが生地がとてもなめらかなラインを描いていてとても上品。
ウエストより上には花をモチーフとした刺繍が縫い付けられており、とても華やかだ。
確かに。
これなら、ただ幼い子供と侮られにくいかもしれない。
本当に母様はいろいろと考えてくれていたらしく、「まずは着てみて」とドレスを着せると、次々に「うん。やっぱりネックレスはこっちがいいわ」とか「髪型は思っていたより長かったから、アップにできそうね」などとぶつぶつ言いながら、侍女にあれこれ指示している。
私はどんどん変わっていく自分に、目を白黒させてついていくばかり。
そういえば、まだドレイト領にいる時にソフィア夫人からドレスについて学んだけれど、私自身でドレスを作ったり、選んだりしたのってまだ1度しかないのよね。
母様みたいに会の趣旨を考え、ドレス、小物、髪形をイメージし、侍女たちに指示するのは今の私にはできそうになかった。
やっぱり、アイリーンの言う通り侍女が私には必要なのかもしれない。
母様の采配を見て、より強くそう思ったのだった。
一通り、ドレスの打ち合わせが終わり、急遽呼んだお針子に丈や胸を詰めてもらうと、鏡の前はまるでどこかのお嬢様のようだった。
私はドレイト男爵の娘なのだから、お嬢様であることは間違いないのだが、トリフォニア王国を去ってからクラティエ帝国へ行く間はずっと冒険者の服だったし、学園に通い始めてからはずっと制服でこんなきらびやかな服装は久しぶりだった。
「私、男爵令嬢だったわね」
鏡の中の自分を見ながら、つい口走ると後ろで見ていた母様が笑った。
「そうよ。貴女はドレイト伯爵令嬢よ」
「そうだった」
反乱は、メンティア侯爵、ベントゥラ辺境伯、そして父様主導で行われた。
そのおかげでスキル狩りは解決し、処罰された貴族も多い。
そういう背景もあり、父様は反乱での功績を加味され、伯爵へ昇爵していた。
父様が言うには、スキル狩り被害者のために私の作った薬も功績の一つだという。
伯爵令嬢……。
この帰国まで平民として過ごしていたから、自分が伯爵令嬢だなんてなんだか嘘みたいだ。
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