第167話

私がオスニエル陛下の要望を受け、話が一段落したので今はアイリーンの部屋で二人でお茶をしている。

父様と陛下は何か仕事の話があるようだ。


「テルー久しぶりね。学校はどう?」

「アイリーン。呼んでくれてありがとう。学校はね、結構楽しい。友達もできたしね。今はね、研究助手もしているのよ。アイリーンもどう? こんなに早く帰国できると思わなかった。きっとアイリーンと陛下は大変だったのではないかなって」

カップを手に取り、一口含む。ふわっと桃の香りが鼻に抜ける。

いい香り。

「テルー、さっきの陛下の話……本当にいいの?」

「うん、あのね。私はスキル判定を受けた後、父にライブラリアンだから仕事も結婚も難しいだろうって言われたの。それで、もう将来は絶望的だと思ったんだけど……お店を始めて、旅をして、学校に行って、いろんな人と会ってそれって私だけじゃないって思ったの」

サリーは女性というだけで、料理人にはなれなかった。

ジェイムス様は、三男だからと人生をあきらめていた。

男女では体のつくりも思考も違うし、先に生まれた方がより早くから跡取り教育ができるのだから有利なのかもしれない。

けれど、私は思う。

何者かになる可能性までない社会は嫌だなと。

女性だから、三男だから、ライブラリアンだからと自分ではどうしようもないことで可能性が消えるのは嫌だなって。

運動音痴の私には絶対無理だけれど、ライブラリアンが騎士を目指したっていいじゃない。


「みんながね、大人になったらこうなりたいって、話をするような世界になればいいなって思うの。だけど普通ならまだまだ子供の私ができることなんてない。オスニエル陛下に協力することで、私の理想に近づくんだもの。いいに決まってる」

「テルー。出会った時から大人びていたけれど、また大人になっちゃったわね」

しみじみとアイリーンがつぶやき、ふと思い出したように言う。

「そういえば、テルー貴女、専属侍女いないわよね?」

ドレイト領ではメリンダがいろいろと世話をしてくれていたけれど、専属というわけではないし、クラティエ帝国にはいない。

それでも大抵一人でできるようになったし、いなくても何とかなるのではないかな?

そう思っていたのが顔に出ていたようで、アイリーンはすぐさま否定する。

何でも、今回の茶会にはクラティエ帝国からも人が来るようで、きっとクラティエ帝国でも社交しなければならなくなるとのこと。

注目されると、着ていく服、合わせるアクセサリーや髪形のセンス、言った言葉……全てを見られていると思った方がいいとアイリーンは言っていた。

全てと聞いてちょっと引く。

「いい侍女はただ言われた通りに髪を結う、服を着せるだけではないわ。今の流行やその会の趣旨を押さえて提案してくれるから、いるととても心強いわ。欲を言えば、帝国のしきたりに詳しく、各家の情報にも強い補佐がいればなおいいわ。心当たりある?」

えっと、ファッションセンスが良くて、マナーも熟知して、クラティエ帝国の貴族の情報にも詳しい……え? 誰かいるかな?

「えっと……」

「そうよね。急には思いつかないわよね。ねぇ、ブリアナ、貴女誰かいない?」

アイリーンが話しかけたのは、傍に控えていたアイリーンの侍女だ。

「そうですね。めぼしい人は大抵もう仕えていますからね……」

「そうだわ! ブリアナ妹がいるって言ってなかった? あなたの妹はどう? 以前夜会で会ったときはとても素敵な装いをしていたと思うんだけど」

アイリーンは良いことを思いついたというように手を叩き、ブリアナ様は顔をしかめる。

「妹は……お勧めいたしません。センスはありますが、頭の方があまりよくありませんし、昨年入った学園も1年経たずに退学しておりますから」

ブリアナ様が、少し目を伏せる。

あれ、ブリアナ様の妹と私同学年だ。

「アグネス様……ですか?」

急に話に加わった私から名前が出てきて驚くブリアナ様。

知り合いかとアイリーンが聞くので、去年のクラスメイトだと説明する。

そこで、ブリアナ様はアグネス様が危害を加えた相手が私だと気が付いたようだ。

必死に頭を下げるブリアナ様を何とかなだめて、話を聞く。

アグネス様はあの課外授業の時にバタフリアの幻覚パウダーを浴びた。

一緒に浴びてしまった女子たちと違い、アグネス様は心の奥まで幻覚が根付き抜けなかった。

ブリアナ様に聞けば、この春ぐらいから少しずつ正気に戻り、今はすっかり良くなっているという。

「アグネス様は、ブリアナ様から見てどんな人なのでしょう」

私から見たアグネス様は、恋愛が好きなイメージだった。

アイリーンの話によると、アグネス様は装いがとても素敵だという。学園ではみな同じ制服を着ているが、確かに華やかさがあった。

アグネス様を侍女にとは思っていないし、アグネス様だって嫌だろうが、単純に気になったのだ。

あんなことがあって、アグネス様は療養という名目で退学してしまったから。

「アグネスは馬鹿で、一生懸命で……可哀想な子ですかね」

そう言うブリアナ様がとても悲しそうな顔をするので、私もアイリーンもそれ以上聞けなくなってしまった。

可哀想ってどういうことだろう。

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