第162話
トマト畑ではルークにも会った。
ルークは孤児院で畑をする関係から農家の方と仲良くなり、畑から野菜を領都の店に運ぶ仕事をしているそうだ。
誘拐事件の時に負った傷ももうすっかりよくなったという。
良かった。
ひとしきり近況を報告しあった後、ルークが最後につぶやく。
「お嬢、最後まで守れなくてごめんな」
「ルーク! ルークは守ってくれたよ! ルークやみんなのおかげで私怖い目に合わなかったんだから。本当に……ありがとう」
本当にそう。みんなのおかげで私は誘拐されなかった。
怖かった経験だけど、酷い目にはあってない。
ルークやネイト、みんなのおかげだ。
なのにルークもネイトもすごく気にしているのをみて、胸がぎゅっと縮んだ。
ルークは去り際にネイトに「俺の分まで頼んだぞ」と肩を叩いて帰っていった。
「ネイト?」
神妙な顔をしているネイトが気になって呼びかける。
「ルークも最初は専属護衛になろうとしていたんです」
「え?」
ルークはもう仕事が決まっていたと思っていたが、あの誘拐事件に思うことがあって、ネイトが専属護衛になりたいと言った時一緒に名乗りを上げてくれたらしい。
けれど、最初の訓練でルークは戦えないことが分かり、もともと決まっていた農家の仕事に就いたそう。
「戦えない? やっぱりあの傷が?」
ならば、治さないと! と焦ってルークの後を追おうとする私をネイトが引き止める。
「違います。傷はもう治っています。ただ、ルークはもう動けないんです。訓練だと分かっていても、剣を向けるとあの日の恐怖が蘇って動けなくなる。ルークは打ち合いの度にうずくまって震えていました」
声が出なかった。
私のせいでルークの心に大きな傷を残してしまった。
心の傷は聖魔法では治せない。
私に……できることがない。
沈む心を引きずりながら、馬へ戻る。
「テルミス、聞かない方が良かったか?」
マリウス兄様から聞かれ、ふるふると頭を振る。
「知らなきゃだめだったと……思う」
何も知らなかったらいつまでも能天気でいられた。
でも、やっぱり知らないとダメな気がする。頭がずんと重くなり、重くなった分思考も鈍い。
だから具体的にこれからどうこの恩を返したらいいのか、どう振る舞って生きていったらいいか分からない。
でも、知らないままなのはやっぱりダメだ。
「そう、か。強くなったな。帰りにもう一箇所寄るよ。テルミス、もう一つ覚えていてほしいことがあるんだ」
マリウス兄様はそう言って馬を駆る。
パカラッパカラッパカラ……。
重苦しい空気の中誰一人喋ることなく、馬の蹄の音だけが響く。
領都の門をくぐると、町の中心に続くメインの通りを通ることなく、境界沿いを走らせて行く兄様。
途中花屋に寄って花を買い、さらに馬を走らせる。
町のはずれに何があるのだろう、花をどうするのだろうとちらりと思ったけれど、私の心は未だルークのことで沈んでいて何も考えることができなかった。
少し小高い丘を登ったところで兄様は馬を停める。
「テルミス、手を」
兄様のエスコートで馬から降りる。周りを見渡して気づく。
「ここは……墓地?」
そう言ってハッとした。
スキル狩りについて教えてほしいと言って連れてきてもらったのが墓地。
亡くなった方が……いたの?
兄様は私の手を引いて、無言で墓地の中を歩いて行く。
そして一つのお墓の前で止まると、花を供え手を合わせた。
比較的新しいお墓だった。
「テルミスは知らなかっただろうけれど、あの日テルミスには護衛がついていたんだ。もちろん、攫われた直後もね」
ドクン。
大きく心臓が跳ねた。
すでに頭の中で予想はついているのに、嘘だと思いたいのか続く兄様の言葉を待ってドッドッドッドッと心臓が早鐘を打つ。
兄様が言うには、護衛は私の誘拐に気付いたか単にレアに駆け寄る私を見てかは分からないが、私の後ろをさりげなく追っていた。
その護衛の存在に先に気付いたのは犯人。
騒がれる前に手を下した。
これは、誰も争う音を聞いてないことに加え、捕縛した犯人らもそう供述しているらしい。
「テルミスは事件後3日も目が覚めなかったし、すぐ家を出なければならなかっただろ。だから、言わなかった。でも知りたいと言うなら覚えておいてほしい」
「兄様……」
私、どれだけ守られていたのだろう。
本当に何も知らずにのうのうと生きていた。
ごめんなさい、ごめんなさい……。
お墓の前、心の中で謝罪を繰り返す。
私は確かに被害者だ。
私が彼を殺したわけじゃない。
でも私のせいで彼は死んだのだ。
何に対して謝っているのか分からない。
けれど私のせいで、一人の人の人生が終わったことにどうしようもないほど罪悪感を感じていた。
兄様がハンカチを出す。
いつの間にか私の目からは涙が溢れていた。
「テルミス、テルミスが悪いわけじゃない。テルミスのせいじゃない。悪いのは犯人だ。それでもルークや護衛の彼のことは決して忘れてはいけないよ」
「はい……。あの、彼の名前……教えていただけないでしょうか」
涙で言葉に詰まりながら兄様に問う。
「ザックって言うんだ。生真面目な青年だよ」
そう言って兄様はザックさんの思い出をぽつりぽつりと話し始めた。
誰よりも早く出勤してくること、冗談でも規律違反のことを口にすると注意されること……。
運動音痴で部屋にばかりいた私とは違って、兄様は騎士団と一緒に訓練や町の警備をしていたこともあり、騎士団とも顔見知りだ。
泣きながら、兄様の話に相槌を打つ。
そして改めてお墓の前で手を合わす。
ザックさん……。
何を話せばいいか分からない。
守ってくれてありがとうでも、巻き込んでごめんなさいでもない気がした。
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