第159話

本来はもう少し経ってから王都へ行って帰る予定だったのだが、父様たちの都合に合わせ急遽3日後には王都へと行くことになった。

今朝その話を聞いた私は、庭で悶々としている。


ドレイト領に戻ることが決まってから、帰省したらすると決めていたことがあった。

テカペルの練習でも、シャンギーラ語でもスキル鑑定具の研究でもない。

父様にスキル狩りについて聞くことだ。

スキル狩りはもう解決した。

けれど、私は未だスキル狩りについてよくわかっていない。

それは多分父様や兄様たちが私の気持ちを慮って、聞かなくていいことは私の耳に入らないようにしてくれていたからだ。私を守るために。

多分きっと私は父様や兄様だけじゃなく、もっともっと多くの人に守られたのではないかと思う。

それなのに、何も知りませんじゃ……だめだろう。

だから決めた。

帰省したら、ちゃんと聞こうと。

どんなに悲しいことだったとしても、私は知らなきゃいけないはずだ。


それなのに……、いざ戻ってきたら、なかなか聞くきっかけがつかめずズルズルとここまで来てしまった。

ドレイト領にいるのはあと3日。

父様たちも王都へ行くので、王都でも聞こうと思えば聞ける。けれどこれを逃したら、またズルズルと聞けなくなってしまうと思うのだ。

あと3日。3日しかない。


「お嬢様、何かお悩みですか?」

私の顔を覗き込みながらそう聞いてきたのは、ネイトだ。

ネイトは私をお前と呼ばなくなり、敬語を使うようになったので、訓練の時間以外は私について護衛をしている。

まだ専属護衛(仮)のはずだけど、この感じだと(仮)が取れるのもすぐだろう。

「ううん。父様にスキル狩りのことを全て聞こうと決めて帰ってきたんだけど、なんだか一歩が踏み出せないだけ。ネイトには聞けるのになんでかな?」

「怖い……のではないでしょうか。私がスキル狩りについて知っているのは、お嬢様を助けたあの日のあの場面だけです。旦那様から聞く話は、お嬢様の知らない話。何か良くないことがあるのではないかと思ってしまうのでは?」

そう、かもしれない。

多分私は恐れている。私の知らないところで誰かが何か恐ろしいことになっている気がして。

わざわざ父様や兄様が伝えなかったのだから、何か悪いことがあったのだろうと思うのだ。

そして恐らく特に恐れているのは、レアの処遇。

レアは庭にいた私を呼んだ。

毒のせいであって、レアの意思ではないとはいえ、私の誘拐に手を貸した事実は変わらない。

何か罰を受けたのではないだろうか……。

「先にマリウス様に聞いてみるのはどうでしょう。マリウス様なら聞きやすいのでは?」

そう言うネイトの助言は、考えてみればなかなかいい案に思えた。

兄様になら、聞けるかもしれない。


この気持ちがしぼんでしまう前に、兄様と約束を取り付けようとネイトを連れてマリウス兄様の部屋へ向かう。

ちょうど兄様の部屋の前に来た時、中からマリウス兄様が出てきた。

「テルミス? どうした?」

「お兄様、お願いがあります。あの……私にスキル狩りの話をしてくれませんか」

途中少し躊躇ってしまったけれど、最後は兄様の顔を見ながらお願いすることができた。

「テルミス……。あまり気持ちのいい話じゃないこともあるぞ。本気かい?」

「誘拐された人々が魔力源として使われていたことは……もう知っております」

ぎゅっと手を握りしめる。背後でネイトがはっと息をのむ音がした。

「そうか。とにかくお入り。話は美味しい紅茶が来てからにしよう」

マリウス兄様に招かれて、兄様の部屋に入る。

間もなく、お茶が運ばれてくる。

運ばれてきたのは、ミルクと砂糖が入ったミルクティーだった。

「さて、何から話そうか」

紅茶を一口飲み、兄様が話し始める。

あの日私がいなくなった後、兄様たちが私を見つけるために検問を強化した話や、孤児院の子が私の居場所を教えてくれたこと、助け出された時の様子、そして私がクラティエ帝国に逃げることになったことなど。

兄様から見た誘拐事件は所々知らないこともあったけれど、ここまでは大体私も知っている話だ。


その後の話は、嫌な気分だった。

ユリウスさんから聞いた話で、誘拐された人たちは魔力を吸い取られていたと知っていた。

ギルバート様や父様、メンティア侯爵がクラティエ帝国に来た時に、レアにウォービーズ由来の毒が使われたと聞いていた。そして、同じ毒が使われた人がほかにいることも。

でも、それぞれの事実が全く結びついていなかった。

今兄様がしている話によると、スキル狩りの被害者たちがその毒を使われた被害者で、その目的が抵抗することなく魔力を差し出すためだった。

気持ち……悪い。

人を物みたいに扱う犯人たちの気持ちがわからなかった。

五大魔法じゃないから、有効な使い道として魔力を搾り取っていた? 

なにそれ……なに、それ。

なんでそんなことができる? スキルが五大魔法ではないというだけで、私たちは同じ人間で、同じ言葉を話し、意思の疎通もできるというのに。

なんで?

気持ち悪い。

「お嬢様?」

気持ち悪い、気持ち悪い……。

「テルミス?」

兄様が隣に座り、私の手を握る。

いつの間にか私はひどい顔をしていたらしい。

兄様に勧められ、ミルクティーを一口飲む。

温かく、甘い紅茶がふんわりと体に広がる。

「落ち着いた? 今日はここまでにしようか」

そう言う兄様を引き留めて、続きを話してもらう。

アルフレッド兄様とギルバート様達ベントゥラ辺境伯軍がチャーミントン領でタフェット伯爵を、マリウス兄様とアイリーンの弟さんを中心とした学生義勇軍の王立学校でハリスン殿下とチャーミントン男爵令嬢を捕縛したこと、メンティア侯爵や父様が最終的に王宮で王へ退位を迫ったこと。

本当に多くの人のおかげで私は今こうして自分の家に帰ることができているのだと兄様の話を聞いて実感した。


「これが一応スキル狩りのすべてだが、テルミスは他に質問があるかい?」

「はい。あの……レアは、レアはどうなったんでしょうか」

兄様は、少し困ったように笑った。

「やっぱりそれを気にしていたんだね。大丈夫。悪いことにはなっていないから。ただレアは一応罪人だからね。父様に許可を得てこよう」

レアは罪人。

その言葉に胸がきゅっと縮んだ。

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