第157話

思わぬネイトからの申し出に驚くが、ネイトが言うにはあらゆる魔法を使えるようになりたいというよりは、程度を変えて身体強化を使いたいのだそうだ。

「ほら。絶対生きてお前を守らないといけないわけじゃん。でも襲われた時に守り切っても、魔力がほとんどなかったら、安全な場所までお前を守りながら連れていけないじゃん。だから、いつだって温存できるなら魔力を温存しときたいんだよ」

ネイトは、あの誘拐事件の時のことを思いだしているようだった。

あの時は今よりももっと子供だったし、訓練なんかしていなかった。だから弱いのはもちろんだけど、最後に倒された時もうほとんど魔力がなかったそうだ。

「もっと魔力を節約できていたら、もっと長くお前を守れたはずだ」とぎゅっと拳を握り締めて語っていた。

ネイト……。

スキル狩りはもう解決したから、もうそこまで襲われることなんてないと思う。

でも、あの事件はネイトにとって傷になっていたんだ。

そう思うと、申し訳なくて。


「ネイト。あの時は本当に守ってくれてありがとう。でも、私も強くなったの。だから……何でも一人で守らないで。私もちゃんと抵抗できるから。あとね。あの、もし罪悪感で専属護衛になってくれたのなら無理しなくていいか……」

「罪悪感なんかじゃない!」

私が言い終わらないうちに、ネイトが言葉を重ねてくる。

「ごめん。罪悪感なんかじゃないんだ。もちろん守れなかったという悔しさはある。でも専属護衛は、それがあったからじゃない。覚えているか? お前が孤児院に来た時のこと。俺も含め、みんな棒切れもって走り回って遊んでいた」

そうそう。最初は私が読む本よりも走り回ったほうが楽しいっていう子も沢山いたんだよね。

だから、畑も始めたんだった。

本よりもずっととっかかりやすいかと思って。

「俺らが走って遊んでいたのは、それが楽しかったからだけど、それだけじゃないって気づいた。知らなかったんだ。物語の面白さも何かを育てる楽しさも。一生懸命努力する大切さも」


ネイトが言うには、私が来て本を読んだり、畑をするようになって走り回ること以外にも面白いことがあると知り、字を読めるよう練習したり、剣を習ったりすることで何かが出来るようになる達成感を知ったのだと。

いろいろな物事、それに対する自分の感情。

知ってしまったら、何も知らなかった頃には戻れない。

「お前が孤児院に来てからずっと俺は楽しいんだ。離れていても友達なんていう奴もいるけどさ、俺は嫌だよ。面白いことは一緒に笑いてぇし、ムカつくことは一緒に怒りたい。だから護衛騎士になったんだ。俺がお前についていくにはそれしか思いつかなかったから」

意外なネイトの告白には驚きつつも、内心ほっとしている自分がいた。

「良かった。私ちょっと寂しかったんだ。友達じゃなくなっちゃう気がして」

そう言うと、ネイトはちょっと驚いたようだった。


「なぁ、ちょっと手握って出してみ」

「え? こう?」

突然の話題転換について行けず、頭には疑問符を浮かべながらも右手を握り、掲げてみる。

「もうちょっとこう」と腕の位置を水平に直される。

どうやらゼポット様に教えてもらった騎士流の挨拶のようなものらしい。

普通に挨拶の時にも使うが、それ以外にもすごいことをした時なんかに「よく頑張ったな」「すごいな」なんて意味を込めても使う挨拶だという。

ネイトも同じように拳を作って前に突き出し、私の拳と合わせる。


「この挨拶が出来るには条件がある。先輩だとか後輩だとか、身分が上とか下とか関係ない。一人の人として認めている相手だけだ。もちろんお互いに。そういう仲間の間でしかしない挨拶がこれ。確かに俺はお前に仕える専属護衛になるけども、例えお嬢様と呼んだって、ずっとずっと友達だと思っている」

合わせた拳が少し震えていたような気がした。

一度拳を離して、もう一度。今度は私の意志で、ネイトと拳を合わせる。

「うん。私も。ずっとずっと友達だと思ってる」


この日以降ネイトは、私のことをお前ということはなくなり、いつでもどこでもお嬢様と呼ぶようになった。

もしかしたらネイトも私と同じように思っていたのかもしれない。

2年以上離れていたのだ。変わったかもしれないと思うのは当たり前。

だからこそ、友達だったと確信があったあの時と同じようにお前と呼んでいた。

今は、以前の呼び名にこだわる必要はもうない。

だって私達は例え呼び名が変わっても、ずっとずっと友達だから。

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