第156話

メリンダが夕飯の時間だと告げ、夕飯を食べてからはあっという間だった。

食後家族で紅茶を飲みながら、他愛無いことを話していたらいつの間にかすっかり時間が経ってしまって、湯浴みをして寝る支度をする頃には私の体力はゼロ。

眠る前にスキル鑑定具について調べようと思っていたのに、本を持ちながらも瞼は否応がなく閉じていき、夢の中へと旅立った。


翌日はまた弓の練習改め身体訓練の特訓だ。私は昨日調べたことをゼポット様とネイトに告げる。

「そういうわけで、効率的に身体強化を使いこなすには体の使い方を学ぶ必要があるらしいのです。だから、ネイトの走りを観察したいのですが……」

「なるほどのぉ」

ゼポット様は訓練方法を考えるように空中に視線をさ迷わす。

その後、まぁやってみようということで、ネイトが走り私はネイトの走り方を観察することにした。

けれども、予想外なことに全く観察できなかった。

速いのはわかる。

手を前後に振っているのも。

のびやかに足が伸びているように見えるけれど、それが私とどう違うのかわからない。

決定的に違うことはわかるのだけど、何が違っているのかわからないのだ。


「ごめん……ネイトもう1回」

「いいけど、お嬢様の身体強化は呪文一つなんだよな。じゃあ眼強化アイブーストできるんじゃないか?」

眼強化アイブースト? 

昨日読んだ『身体強化呪文集』に載っていたから、その名前は知っている。

けれど、それって遠くの物を見る呪文じゃなかったっけ?

眼強化アイブーストってさ、遠くの物を見る能力なんだけど、俺の感覚だと遠くの物を見るっていうより目が良くなる感じで、使ってると走りながらでも周囲の細かいところまで見えたりすんだよ。遠くの物も見えるし、動いているものもよく見えるし、細かいところもよく見える。だから俺はよく見える魔法だとおもってんだけど、目なら運動音痴関係ないじゃん? だからおま、じゃなくてお嬢様も使いこなせるんじゃないかなと思ったんだよ」

ネイト曰く、眼強化アイブーストは、良く見える魔法だから、その状態で走る姿を見れば、違いに気付くのではないかということだった。

眼強化アイブーストということは、目に身体強化をかけるってことか。なるほど。


ヴィダ

目を意識しながら、身体強化をかける。

途端にあたりの色彩が鮮やかに見える。すごい。

「それじゃ、走るからよく見ておけよ」

ネイトがさっきと同じように走っていく。


あ、わかった。

ネイトはまっすぐなんだ。

頭は常に前を向いていて、頭から背中はまっすぐで少しも曲がっていない。

進むべき1、2歩先を見ているとうつむき加減になってしまう。そうではなくネイトは3、4メートル先をずっと見据えて走っている。

そうか。だから息が肺に入りやすくて息切れしないんだ。

腕も……前後に振っているんじゃない。走る時に胸が右、左、右、左と旋回するからその動きに合わせて、自然と肩から腕が動いている。

どこにも力みのない。自然な形だから、無理がない。


眼強化アイブーストで走るネイトを見れば、今まで見えなかったものが見えてきた。

ネイトを注視していたので、骨の動きや視線ももちろんよく見えた。けれど、それだけじゃない。

ネイトがつま先で大地を蹴った時に舞い上がる砂粒や、風にのってネイトの近くに飛んできていた葉も見えた。そして何より、見ている景色がいつもより鮮やかだった。


良く見えたからと言って、一度で劇的に良くなるわけがない。

ネイトの走りを見て、わかったことを頭でイメージしながら、今度はネイトと一緒に走ってみる。

もちろんネイトは身体強化無しで軽く走るだけ。私は身体強化ありだ。

前を見て、つま先で蹴って、肩から先はリラックスして……

そう思いながら走っていたけれど、少しもすればネイトから「頭下向いているぞ」と指摘が入る。

「はっ、はい……はぁっ、はぁっ」

結局、訓練所を半周くらいなら気をつけて走れるので幾分かっこよく走れるのだが、半周を越える頃にはフォームがばらばらになってしまう。

元のどたどた走りに逆戻りだ。


走り終えて、へばっていると同じく訓練所で訓練していたマリウス兄様がやってくる。

「途中まではかなり良くなっていたじゃないか」

そう私を励まして、ゼポット様と訓練所を後にする。

残ったネイトと私の間には、若干気まずい空気が流れる。

昨日は言い逃げしちゃったからなぁ。

何と話しかけようかと考えているうちに、ネイトが口を開く。

「なぁ。マリウス様に聞いたんだけど、お前のその魔法って俺でも使えんの?」

「え? あ、うん。練習したらできると思うよ」

「あのさ、主人に言う言葉じゃないと思うんだけどさ……それ、俺にも。俺にも教えてくれませんか」

そう言って、ネイトはがばりと頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る