第151話

急いで部屋に戻った私は、部屋の前で待っていたメリンダに湯あみの準備をしてもらう。

朝食に間に合うようさっと汗を流し、メリンダが選んでくれたワンピースを着る。

メリンダは丹念に髪を梳き、髪につやを出していた。

「ネイト、私の専属護衛になるんだって」

鏡の前でメリンダに髪を梳かれながら、ぽつりつぶやいた。

「私、断れなかったわ」

私の専属になれば、ドレイト領から出ないといけない。

スキル狩りは父様や兄様が解決してくれたけれど、ライブラリアンが最低なスキルだと思われていることには変わりがない。

クラティエ帝国ではスキルによって判断されないけれど、それはそれでお買い得だと貴族に狙われていたり何だか面倒な状況だ。


「そうですか」

「どうしよう……。ネイトに悪い、わ」

自分の気持ちを上手く言語化できなくて、でもなんだか心がモヤモヤとして。

その気持ちを探るように言葉を紡いだ。

そうだ。悪いなという気持ちだ。

きっと私が火や水といった普通のスキルで、ドレイト領でずっと過ごす普通の貴族令嬢ならこんなことは思わなかったはずだ。

けれど現実は私は最低スキルのライブラリアンで、国外にもいかなければならない。

私なんかを守るのに栄誉なんかないし、住み慣れた町を離れなければならないという条件もある。

ネイトは専属護衛になると不利益を被るばかりなのだ。

だから……悪いなという申し訳のなさが募るのだ。

言いようもない気持ちの所在を見つけて納得するが、心に占める靄は晴れない。


「お嬢様がお嬢様の人生を歩む権利があるように、ネイトにもネイトの人生を歩む権利があります。ネイトは自分でその道を選んだのですから、お嬢様が気に病む必要はありません。もちろんお嬢様が嫌なら断ることだってできますが、お嬢様はネイトが専属だとお嫌ですか?」

メリンダが私の髪の毛をきれいに編み込んでくれている。

ネイトの気持ちを抜きに、ネイトのこれからも考えず、私一人の気持ちで考えてみてとメリンダは言った。

私の気持ち。

嫌……ではない。

だって、ネイトは何度も守ってくれて頼もしいし、誘拐事件の前だって、よく一緒に遊んでいた友達だ。だから一緒にいられるのは嬉しい。

嬉しいはずなのに、心が晴れないのは。

「嫌じゃない。でもなんか……寂しい」

「そうですか」

メリンダはこういう時決して私の気持ちを代弁してくれたりはしない。

だからこそ私は自分で考え続けなくてはいけなくて、考えながら、自分の頭を整理するように話し続けて、そして……気付く。

「友達……だと思ってたのにな」

そっか私は、ネイトとの関係性が友達から主従関係になってしまったのが、ネイトから「お嬢様」と呼ばれることが、悲しく、寂しかったのだ。


「それだけお嬢様が大きくなられたと言うことでもありますよ」

「え?」

「私たちは日々成長しますし、社会も変わっていきます。その中でずっと変わらない関係性なんてないのです」

変わらない関係性なんてない……か。

「友達から恋人になることもあるでしょうし、仕事で出会った人が唯一無二の親友になることだってあります。親子だってそうです。縁を切らない限り親と子という呼び名こそ変わりませんが、その関係性は変わって行くものです」

確かにそうかも。

赤ん坊の時は100パーセント庇護し、庇護される関係が、子の成長と共に段々と対等になり、やがて子が親を気遣うようになって行く。

時の流れによって変わって行くものはたくさんある。

「それでも変わらぬ物もあります。それが想いです」

「想い」

「もちろん変化することもあります。でも変わらぬ想いもありますよ。例えば子が大人になっても、親はいつだって子には幸せでいてもらいたいものです」

ネイトと私。

ネイトが専属護衛になったら、友達から主従の関係へと私たちの関係は変わる。

それでも……私たちの間にもあるだろうか。何か変わらないものが。


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