第150話
「じゃあ、まずはネイトと一緒に走ろうかの。ネイトは身体強化なしで軽くランニングじゃ。お嬢様はネイトについていけるくらいに身体強化をかけて。さ、はじめ!」
「よし、いくぞ!」
ネイトが走るので、頑張ってついていく。身体強化なしだとどんどん置いていかれる。
「
軽く身体強化をかけるとやっとネイトに追いついた。
よし! ついていけてる。
ネイトを見つめながら、一生懸命走っていると前から笑い声が聞こえてくる。
「ふぐっ。ぐふっ。ふはっはっはっ」
最初は隠そうとしていたみたいだけど、笑い始めると隠す気もなく笑ってる。
「ネイト! なに……はぁっ……笑ってる……ふー……のよ」
話そうとすると息が切れる。
はぁっ。きつい。
「いや、あまりに真剣で……悪い」
ネイトは、今身体強化を使っていない上、本気で走っていない。
あくまで軽ーく走っているだけだ。それなのに私は身体強化をかけて必死で走っているのがツボだったらしい。
ネイトの方が年下なのに……なぜこんなにも体力に差があるのだろう。
そんなことを考えていたのが悪かったのだろう。
「ぎゃっ!」
足がもつれて盛大に転んだ……と思った。
とっさに目をつむったのだが、痛みはない。恐る恐る目を開けると私の眼前に砂が広がっていた。
いつの間にか横にいたネイトが、よっこいせと私を立たせてくれる。
私が転んだ瞬間に、身体強化をかけて私の横へと移動し、地面につく前に私の前に手を出し支えてくれたらしい。
「はーっ。間に合った。大丈夫か? まったく……話しながら走ることもできないのか。道のりは長そうだな」
「あ、ありがとう」
その後は話すことなく走り続ける。訓練場を一周すると、もう息は切れ切れ、足はがくがく。
「つ、疲れた……」
「テルミス、見てたよ。随分走れるようになったね」
疲れ果てて座り込んでいる私のところに、マリウス兄様が飲み物をもって来てくれた。
「兄様……はぁっ……。ありがとうございます」
「ネイトもよく守ってくれた。あれも訓練なのだろう?」
ん? 訓練?
「そうじゃな。あれくらい反応できなければ護衛なんぞ無理じゃからなぁ。今回は及第点あげようかの」
ご、えい?
そういえば、さっきからネイトは俺が守るとか……言っている。
「兄様? ゼポット様? 護衛って……?」
「ネイトはさ、テルミスが帝国へ旅立ってからずっとテルミス専属の護衛になるため頑張ってたんだよ」
一人話題についていけずぽかんとしているだろう私をみて、マリウス兄様はクスクスと笑いながら言う。
「え? 専属? どういうこと?」
ばっとネイトを見やると、へらっと笑う。
「ほら、お前ひとりじゃ……、いや、お嬢様一人じゃ危ないだろう? お嬢様は鈍くさいし。だからお嬢様が旅立つときも俺は一緒に行くつもりだったんだよ。けれどほらあの時は足手まといだったから、マリウス様に頼み込んだんだ」
聞けば、私が旅立った後マリウス兄様は時折孤児院に行っていたようで、そこでネイトがどうしたら強くなれるかと聞いたらしい。
それで、マリウス兄様はゼポット様に1か月ネイトを預け、見込みがあるなら騎士見習いになれるよう便宜を図った。
多分命を懸けて私を守ってくれたお礼でもあったのだと思う。
ネイトは見事騎士見習いになり、それから私の護衛になるため必死に訓練してきたのだという。
どうして……?
私がここに帰ってくるかなんてわからなかったのに。
あんなに危ない目にあったのに。
今日の訓練が終わり、ゼポット様とマリウス兄様は話しながら帰っていく。
「ネイト! あのさ……専属護衛って本気? 私、クラティエ帝国で学校に通っているからひと月もしたらクラティエ帝国に帰るわよ。専属護衛になったら、ここを離れなきゃならないんだよ」
「わかってるよ。お前は覚えていないか? ルークと一緒に誓っただろ?」
するとスッと手を胸に当てる。
ドキン。
やめて。
やめて。やめて。やめて。
「命に替えてもあなたを守る。我が名にかけて」
やめてよ……。
誘拐事件の前にもネイトとルークは私にこうやって物語の真似事で騎士の誓いをしてくれた。
あの時は冗談だった。おふざけにも似たようなことだった。
でも私はもう知っている。ネイトは本当に命を懸ける。
あの時、誘拐されかけたあの時、ネイトもルークも何度倒れても身を挺して守ってくれた。
もう、私のために命なんて懸けないで。
護衛になんかならないで。
そう言いたいのに、真剣な眼差しでまっすぐ見つめられると言葉に詰まる。
物語では、この騎士の誓いに対して湖の乙女はこう言っていた。
『途中で死んだら許さないわ。意地でも生きてわたくしを守りなさい』と。
今少しこの湖の乙女の気持ちが少しわかった気がした。
きっと湖の乙女はこんな命を懸けた誓いなんてしてほしくなかったのだろう。
それでも守るために騎士がどれだけ努力をしたのかも、その騎士の想いの強さも知っていて、いや、知っているからこそ。
より一層断れない。
それに何より、覚悟を決めた人は強い。
まっすぐに見つめるその瞳が、たとえ断られても譲らないと言っている。
そんな強さがある。
だからこそあの言葉。
命なんて懸けないで。そんな叫びにも似た想いがこもった言葉だったのかもしれない。
「と、途中で死んだら……絶対に許さない。絶対よ」
震える手を握りしめながら、絞り出すように言葉を出し、どうにも涙が出そうになってくるっと背を向け足早に部屋に戻った。
ドレイト領に帰ってきてからどうにも涙腺が弱まっているようだ。
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