第148話

コンコン。

ノックの音がしたので、急いで目に溜まった涙を拭う。

「はーい。どうぞ」

「お嬢様、おかえりなさいませ」

入ってきたのはメリンダだった。

メリンダはお辞儀から顔を上げると、「失礼します」と一言断りテキパキ動き始めた。

廊下に用意していたらしいティーセットをワゴンごと部屋に入れ、冷たいタオルを手渡してくれる。

急いで涙を拭っても、メリンダにはお見通しだったようだ。

目元をタオルで冷まし、メリンダの入れてくれたチャイを飲む。

美味しい……。やっぱりこの味好きだな。


「メリンダ、ありがとう。実はね、今私やらなきゃいけないこと沢山あるの。でも久しぶりの帰省でついつい遊んじゃいそうだから、また……頼んでもいいかしら?」

チャイで幾分落ち着いた私は、メリンダが涙を指摘しなかったことをいいことに、涙などなかったように尋ねる。

「もちろんですよ。お嬢様の計画を管理するのは私の仕事ですからね」

メリンダも見なかったように、楽しそうに答えてくれた。

「ふふふ。今回はテカペルっていうダンスの練習と……あと、シャンギーラ語、スキルアップ研究に、できれば弓も頑張りたいの」

「まぁまぁ、やることたくさんですね。せっかく帰ってこられた時くらいゆっくりしてほしいですが、お嬢様らしいです。ですが、計画実行は明日からになさいませ」

これは譲れないとメリンダは言う。

「どうして?」

「お嬢様に旅の疲れを癒して欲しいのはもちろんですが、旦那様も奥様もマリウス坊ちゃまも皆様、本日の予定を調整して今日一日お休みにしてあります。お嬢様とお話しするのを楽しみにしているんですよ」

帰国の旅が始まってからは毎日のようにマリウス兄様に手紙を書いていた。

「今日は〇〇につきました」「これから船に乗ります」とか、美味しかった食べ物とか逐一報告していたものだから、家族は皆正確に到着する日が分かり、その日に向けて仕事や勉強を前倒しにしていたらしい。

手紙とはいえ、文箱メッセージボックスを使えば届くのは一瞬だ。

前世のメールみたいなものだろうか。メールができるなら電話もできないだろうか。

声が聞ければ、次に帝国に戻る時も寂しくないもの。


荷物をポシェットから出すとメリンダが収納してくれる。

その間に私は地図を開き、この旅で行った町へ印をつけていく。

スキルアップして書き込みができるようになったが、その使用用途は専らシャンギーラ語の意味を辞書で調べて書き込む程度だった。

あとナオに発音してもらった音を書き込んだり。

でも今回の旅が始まって、行った場所の記録をつけたいと思い立ち、どこか町に立ち寄る度に印をつけていた。

やっとドレイト領に着いたので、印をつける。故郷だから特別星マークだ。

それから前回の旅で立ち寄った場所も、記憶を掘り返しながら書き記していく。

「お嬢様、その筆は?」

初めて私が書き込む様子に、メリンダはすごくびっくりしていた。

「実はね、ライブラリアンをスキルアップすることができたの。だからもう本を読めるだけなんかじゃないのよ。書き込みだってできるんだから。ふふふ」


その後、家族みんなでお茶をしたのだけど、メリンダが言っていたように父様も母様もマリウス兄様もみんな時間を作ってくれていたみたいで、お茶から早めの夕食へ、夕食から食後のお茶へと話しをする場は移りつつ、話が途切れることはなかった。



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