第147話

帝都に比べれば大分小さい門をくぐり、ドレイト領の領都に入る。

馬車から外の様子を覗くと真っ先に大きな建物が目に入った。

あ、冒険者ギルド……兄様たちと登録に行ってキャタピスと戦闘になっちゃったんだよね。

あの時は怖かったな。

あの頃はほとんど館の敷地内ばかりで、孤児院に行く以外に外へ出たことは数えるほどしかなくて、覚えている場所は少ない。

それでも馬車から見える町の雰囲気は、不思議とすごく懐かしい。


館についた。馬車の戸が開くと、さらりとした銀髪の綺麗な男性がエスコートに手を出してくれた。

マリウス兄様だ……。

そう頭ではわかっているのに、びっくりして言葉が出ない。

13歳になったマリウス兄様は記憶よりもずっと大きく、大人の顔つきになっていたのだ。

驚いて、ぽかんと兄様の顔を見ながら馬車を降りる私に兄様は「転んでしまうよ」とクスクス笑いながら、エスコートしてくれた。

危ない足取りながら、ようやく下まで降りると、兄様がポンポンと頭をなででくれる。

ドレイト領にいた頃よく兄様がこうして慰めたり、励ましてくれたりしてくれたのを思い出す。

「マリウス、兄様……」

「テルミス、おかえり」

「おかえり」とそう言われたことが、嬉しくて我慢しようとしているのに、どんどん涙がせりあがってくる。

だめだ。まだ、泣いちゃダメ。

泣きそうなときは、泣くな、泣くなと思うのではなくて……。

ふっと息を吐き、にっこり笑う。

「はい! お兄様、ただいま!」

そう答えたタイミングで、マリウス兄様の後ろから声がかかる。

「テルミスお嬢様! おかえりなさいませ」

あまりに兄様が成長していたから、びっくりして兄様ばかり見ていたけれど、兄様の後ろには館で働く使用人たちがずらりと並んでお辞儀をしている。

あ、メリンダ、ジョセフもラッシュもいる……。

あれ? 家庭教師をしてくれていたゼポット様もソフィア夫人もいるし、我が家の騎士たちも勢ぞろいだ。

本当にみんなが迎えに出てきてくれたようだ。

そして、その中心にはベルン父様とマティス母様。

兄様にエスコートされたまま、みんなに一歩、また一歩と近づいていく。

「みんな……。ただいま戻りました!」

そういえば、わぁっと歓声が上がり、真っ先に母様が駆け寄って抱きしめ、次いで父様も私を抱きしめて「よく帰ってきたね」と言ってくれた。


大大大歓迎を受けながら、館に入る。

一度荷物整理のために、部屋に戻るとそこは記憶にあった通り、あの日出て行ったままの部屋があった。

違うのは、デスクにラナンキュラスの花が飾ってあること。

季節の花ではないけれど、きっとジョセフが魔法で咲かせてくれたんだと思う。

私の好きな花だから。嬉しい。

何とはなしに部屋をぐるりと見まわす。

この部屋で音読もした、刺繡もした。

歴史や地理を学んだり、魔力感知や魔力操作の特訓もした。

魔力切れになって倒れたこともあった。メリンダは、その都度甘いチャイを入れてくれたし、キャタピスと戦った日は悪夢を見てしまって、兄様が私が眠るまでついていてくれた。

普段は日々の忙しさに思い出すこともなかった思い出が、こうして戻ってくると鮮やかによみがえってくる。

やっと帰ってきたんだ。

私の家、家族のもとに。

あの日から変わらない部屋を見て、そう実感するともう駄目で、さっきは押し留められた涙がぽろぽろと流れていった。





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