第145話 【閑話】ルカ視点

「ルカー、いる?」

扉の外から声を上げているのは、俺と同じくお嬢様の専属のサリーだ。

ノックではなく、声を上げたのはきっと手がふさがっているからだと思い、扉を開ける。

案の定、手に持つトレーには新作であろうプリンを載せている。


「ありがとう。これ、新作なんだけど食べてくれる?」

「おっ美味そう。もうお嬢様は食べたのか?」

「まだ……」

新作だというプリンには、カラメルが入っていない代わりに上につやつやと輝くイチゴのソースがかかっていた。

「うまい。見た目も可愛いから女の子こういうの好きなんじゃない?」

「そう。それに今回はイチゴのソースだけど、いろんな果物で汎用できると思う。それだけで何種類もの新作だよ」

売れそうな新作が増えるのは良いことなのではないのか?

なぜか、肩を落として元気のないサリー。

「なんで元気ないんだよ。新作が増えていいじゃないか」

「これ……私考えてないの。バージルさんが提案してくれたの。バージルさん私より年上だし、もちろん経験だって向こうの方が上。お店の回し方とか、コストの考え方とか、接客だってそう……私今まで下働きだけだったから、何も知らなくって……」

バージルさんは、瑠璃のさえずりの開店時に雇った料理人だ。

クラティエ帝国では有名なレストランでも働いたことがある腕利きらしい。

俺も会ったことがあるが、有名店で働いていたことを鼻にもかけず、お客さんにも店員にも丁寧な態度な紳士だ。

一方サリーは、お店の経験はゼロに近い。女性ということで下働きでしか雇われなかったからだ。

俺とサリーはドレイト領にいたころから、二人で切磋琢磨し、お嬢様を追いかけて帝国まで来た戦友だ。

時に弱音を吐き、時に励ましあいやってきた。

瑠璃のさえずりがオープンするころは、サリーもかなり緊張していたのか毎日のように話しに来ていた。


そのサリーの話を聞く限り、そのバージルさんは無茶苦茶できる男である。

何もかもできるバージルさんと何の経験もないサリー。

今はサリーが店の責任者だが、サリーはずっと罪悪感? 劣等感? いや、違うな……場違い感を感じていた。

それでも、「プリンとパイは自分が作ったのだ」という一点を胸に頑張ってきたのだ。

そりゃあ、店にとって良い新作まで考案されちゃ落ち込むよな……。

しかも、それがおいしくて、見た目からも売れそうな良い商品だったらなおさら……。


「私がプリンを作ったのよ。誰よりもたくさん作ったことがある。なのに私こんな素敵なアレンジ考えつきもしなかった……」

「そうか……」

こういう時うまく慰められるといいんだが、俺はそういうのは苦手だ。

だがまぁ、相手はサリーだ。きれいな言葉じゃなくてもいいか。

「よかったんじゃないか。優秀な職人がいれば瑠璃のさえずりも安泰だろ?」

「そうなんだけど。私は……」

口をとがらせている。やっぱり、俺は慰めるのは苦手だ。

逆効果な言葉を口にしたのではないかと焦って、サリーの言葉を遮る。

「サリーは、お嬢様の専属だろ?」

「そうだけど?」

「だったらいいじゃねーか。お店はバージルさんに任せても。お嬢様が頼っているのは、バージルさんじゃない。いつだってサリーお前だ。それに、バージルさんは今あるものをアレンジできるかもしれないが、サリーは今までにないものを作れるじゃん。それはサリーにしかできないってマティス様に言われたんだろ?」

サリーがはっとしたように顔を上げる。

「ありがとう。そうだった。私お嬢様の専属だ。今度は多分トマトで何か作ろうとしているの、お嬢様。チーズを使ったケーキも作りたいって言ってたし、何を作るのかすごく楽しみ。それで……この木型の山は何なの? 作り終わったと聞いたのだけど」

もやもやした気分が晴れれば、部屋中に散らばる木型に気が付いたらしい。

せっかくだから、俺も話しながら作業させてもらう。

「あぁ、もう一通り作っているんだ。だって俺はお嬢様の専属だから」


そうだ。俺らは専属だ。

俺らはお嬢様のいくところならどこへでも行くつもりだ。

お嬢様は今は帝国にいるが、ずっとというわけじゃない。

学園に通ってらっしゃるから卒業まではいるかもしれない。

でもそれからは?

ドレイト領に帰るかもしれないけれど、俺は何となく違うような気がしている。

だって、あのお嬢様だぞ。

小さい体で、おとなしそうに見えて、なんでかいつも新しいことを引き連れてくる。

俺の思いもかけない事態になっているんだ。

ドレイト領でも、クラティエ帝国でもない場所に行く可能性だってある。

どこへ行ってもお嬢様の靴を作り続ける。

それが俺の役割だ。

だが、俺の仕事には道具がいる。どこへでも行ってすぐにでも靴が作れるようにその環境だけは整えなければならない。

そうじゃなきゃ、ただのお荷物だ。


そんな話をサリーとすれば、サリーも専属としての気持ちを再確認したようだ。

「そうだね。私もお嬢様が行くところならどこへでも行きたい。私もいろいろと準備しないと。調理器具がどこでも手に入るとは限らないものね」

いや、さすがに森の中、山の中なんてことはないと思うんだが……。

「ルカ甘いわよ。お嬢様はカラヴィン山脈を越えていた時の話を良くしてくれるんだけどね。結構楽しそうに話すの。山の中や森の中でもお嬢様は行くのに抵抗ないんだから」

「そうか。じゃあブーツをもう少し改良してもいいかもしれないな」

冗談を言って、笑いあう。

サリーはもうすっかり元気になったようだった。

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