第143話 【閑話】アーロン視点

俺はアーロン。

昔は天才と呼ばれたことのあるドレスデザイナーだ。

まぁ、今は全く新しいドレスなんて思いつかないが……。


今日俺と助手のベティはテルミス商会の本部というべき家に来ている。

というのも、先日ここの商会のオーナーのドレスを受注しちまったからだ。

昔からの馴染みのバイロンは、俺がやる気になると踏んでいるようだが、こんなどん底の気持ちなのに、あのお嬢ちゃんのドレスを作る気力なんてわくもんかね。

ベティの言葉を借りれば、俺は天才肌だからやる気が起きれば神が降臨したかの如くすごいドレスを作るらしい。だからこそ、なるべくテルーというお嬢ちゃんを観察して、天啓が得られないかと用もないのにここに来ている。


それにしても、このお嬢ちゃんは一体何なんだろうな。

聞けばまだ10歳だという。だが、生活が全然10歳じゃないんだよ。

今日は休日なんだが、昼前に俺が来た時はサリーとかいう料理人と新商品を話し合っていた。

アップルパイとかいう試作を食べさしてもらったが、あれは本当に美味かった。

他にも塩麹とかいう調味料を使った料理のレシピを本にまとめようなんて話していて、オーナーって名ばかりじゃなかったんだなと少し感心した。


昼食時になると何故か研究所の奴がやってきて、一緒に飯を食う。

飯を食い終わるとお嬢ちゃんは本を片手にその研究者と話し合う。

「ラーナは成長の早い木です。確かに今は数少ないけれど、いっそ栽培したらどうでしょう?」

「いいわね。継続的に採取できる環境が整えば、実用しても良さそう。ちなみにテルー、それなんていう本に書いてあるの? 私も後で参照したいわ」

「ゴラム・ロイドさんの『植物大全』です! いつだって私を助けてくれる私のバイブルなんですよ」

「それ、前も言っていた本よね? 図書館にもその本ないのよ。あぁ、私もそれが読めればいいのにっ! まぁいいわ。時間はかかるけど、小さく栽培のテストして栽培できれば、文献がなくても認めてくれるでしょう」

仕事……の話だよな? 二人ともなんであんな楽しそうなんだ?

特にお嬢ちゃんはまだ10歳。10歳なんて遊びたい盛りだろうに。


研究者との話が終われば、男も女もみんなが集まり、靴職人が描いた新作の靴のデザインについてあーでもない、こーでもないと口を出す。皆結構辛口だ。

何故かベティまで生き生きと口を出している。それ、お前の仕事じゃないぞ。


それが終わるとやっとお嬢ちゃんは、一息つくらしい。

庭で真っ黒な飼い猫と戯れている。

「可愛い猫だね」

「ありがとう! ネロって言うの」

そんな会話からベティも一緒にお嬢ちゃんと猫と遊び始めた。

年が近いからかねぇ。二人は仲良くなったように見えた。

近いって言っても、ベティは五つも年上だけどな。童顔だから見た目は同じ年頃に見えるんだよな。多分お嬢ちゃんは同じ歳だと思ってるんじゃねーかな。


ベティは6年前に俺が拾った子供だ。親に捨てられたのか森で倒れていたところを助けた。

針仕事ができれば、今日食う物を買うお金くらい稼げるだろと思った。まぁ、俺に教えられるのは針仕事くらいだったというのもある。

それがまぁ、こんなに長い間いつかれるとは思ってもみなかった。

もうベティの腕はどこへ出しても恥ずかしくないんだが、まだまだ教えてほしいとなかなか出て行かない。

恩を感じているのか、俺が店を畳むたびに、その間他の店で針仕事をしてお金を工面してくる。

俺には昔稼いだ金があるから困らないと言ったんだが、昼飯を買ってきたりとなんだかんだと世話を焼く。

今ではすっかり俺の方がお荷物だ。


「そうだ。お嬢様はどんなドレスがいいとかあるの?」

「昔、アーロンさんの店で見たドレスの形が好きだけど、今回はどうしようかな」

そう言って、お嬢ちゃんは腕を組む。

俺は木の下に寝そべりながら2人の様子をなんとはなしに眺めている。

「どうしようって? あぁ! 確かに婚約者探すならアーロンさんの作ったエンパイアドレスじゃなくてふりふり、ふわふわのプリンセスドレスの方が男の子は好きそう」

確かにお嬢ちゃんにあう婚約者なら青臭い若造だろう。

それならプリンセスラインが人気があるな。

そんな事を考えていたら、「へっ? 婚約者? 違う違う!」とお嬢ちゃんはブンブンと頭と手を振って否定した。


「今度お茶会に出なければならないんだけど、そこでさっきベティちゃんも意見を言ってくれたパンプスを宣伝するつもりなの。だから靴が映える衣装がいいなって」

「わぁ! じゃあ靴が見えるように裾を引き摺るようなロング丈はなしだね。でも、あれってすごく足にピッタリの靴なんでしょう? 見た目じゃわからないから宣伝難しそうだね」

「そう。ピッタリだからダンスの時に痛くないし、脱げる心配もないの。だから、ダンスを……はぁ。ダンスを披露してみせる予定なんだよね」

お嬢ちゃんはダンスが苦手らしい。

頑張らなきゃと言いつつ、気が重いようだ。


結局この日は当然天啓を得ることもできず、俺たちは帰った。

ベティは店の二階に住んでいる。

店とは別の入り口がついて独立しているので、プライバシーも守られる上、出勤にかかる時間は1分だ。

ただ狭いから、作業するには店まで来なければならないが。


翌朝店に顔を出すと、ベティが作業台に突っ伏して寝ていた。

ベティの前には何枚ものドレスのデザイン画。

ベティはデザインなどできないというが、それは嘘だ。

デザインを担当するような仕事が女性にはないだけだ。

まだ荒削りなところはあるが、ベティはちゃんとデザインできている。


それに……。

俺のデザインは、ベティに言わせれば神からの天啓によるデザインだ。

だからこそ、そこに顧客の事情なんて関係なかった。

俺が思った素晴らしいドレスをつくる。ただそれだけだ。

ベティは違う。

ちゃんとお嬢ちゃんに好みや着る目的を聞き、お嬢ちゃん自身気がついていないような要望までも叶えるドレスをデザインしようとしている。

俺よりもずっとデザイナーとしてふさわしい。


デザイン画で寝ているベティの頭をはたく。

「ぎゃっ! もう朝……。アーロンさんそれ……」

「今回の依頼はこれで行こう。お嬢ちゃんに提案するからあと数枚描いておけ。あと、ここら辺はちゃんと思った通りの動きをするのか実験しろよ」

「はいっ!」

ベティは今日もお嬢ちゃんのところへ行く為、身支度しに家に戻った。


どうやら世代交代の時期のようだ。

俺が教えられることもほとんどない。

「これからは俺が助手だな」

一人残った店内でつぶやいた。

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