第142話
翌日、学園の帰りにテレンスさんを回収して我が家へ。
皆で夕食を食べたあと、絆創膏について相談する。
「ヒュー先生によると、この魔力で蓋をすることができない人が多いみたいで、このスライム液とラーナでその代わりを果たせないかなと思ったんです」
「なるほどね。わかったわ。調べてみる。実用化すればすごいことよ。聖魔法使いは少ないから、聖魔法使いと一緒に行動している冒険者なんてほとんどいないだろうし、騎士だって戦争ならまだしも、定期的にある魔物討伐なんかは聖魔法使いなしなのよ。でも聖魔法使いがいなくたって怪我はする。少しでも自分たちで手当ができればどれだけいいか」
テレンスさん曰く、騎士団は喉から手が出るほど欲しがるだろうから、効果を確かめる実験に協力してくれるはずだとか。
甘麹ミルクの常用ポーションより先に絆創膏が実用化しそうだ。
学園での日々は相変わらずだ。
授業以外はユリウスさんの研究室に入り浸り、ライブラリアンのスキルアップを考えたり、ユリウスさんとジュードさんに魔法陣を教えたり、そこから魔法陣とスキルの違いを研究したりである。
ジュードさんはあまり勉強が好きではないので、「魔法陣……道のり長すぎる」と時折愚痴を言いながらも頑張っている。
オルトヴェイン先生は相変わらずスパルタだし、体術の授業は弓を扱うようになったもののいまだに的に当たらない。
ヒュー先生曰く、矢を放つ瞬間に弓がぶれているのだという。身体強化をして臨んでいるというのに、なぜ?
放課後は、ナオ、デニスさん、ジェイムス様と勉強し、テレンスさんを回収して帰る。
家に帰ってからは大変だ。
私が男爵令嬢に戻ることを相談してから、バイロンさんが帰宅を待ちわびているのだ。
帰ってきた私に、バイロンさんは帝国の流行のお菓子や茶葉、ドレスの意匠などいろんなことを教えてくれる。
きっと夏休み中、社交に連れまわす気だ。
「テルーちゃん、おかえり」
にっこり笑って私の帰宅を待っていた。さぁさぁと応接室に私を連れて行くと、そこには一人の男性と女の子が待っていた。
「あれ? お久しぶりです。今日はどうしたのですか?」
そこにいた男性には見覚えがあった。アマティスタとぺルラを売ってくれたドレスショップのオーナーさんだ。
「今日はテルーちゃんのドレス作ろうと思って」
あぁ、社交するなら確かにドレスも必要か。
でも、この方ドレスショップ廃業したといってなかったっけ?
「え? でももうお店やっていないのですよね?」
「まだね。でもそろそろ復帰時だと思って、連れてきたんだ。こいつは女性に振られて店をたたもうとしてたんだよ」
どういうことかと問えば、ドレスショップのオーナーであるアーロンさんはある日恋に落ちた。
とても美しい人で、彼はその美女を想像しながらありったけの愛をこめてドレスを作った。
そのドレスをもって、美女のもとへ告白しに行こうとしているところでその美女にはもう婚約者がいることを知ったのだという。
失恋のショックで何も手につかなくなった彼は、元の生活に戻ろうとした。
だが、どんなドレスを作ろうかと想像しようとしても出てくるのは告白さえできなかった彼女のことばかり。もう自分にはドレスを作る想像力もないと悲観して店をたたむことにしたらしい。
「そうだったのですか。今はその……大丈夫ですか?」
今はもうドレスを作れるようになったのだろうか。
それなら、失恋から吹っ切れたということでいいはずだ。
でもアーロンさんからはまだ負のオーラが漂っている。まだ作れないんじゃないだろうか。
「わからない……。でも、バイロンとベティが引っ張ってくるから」
無理やり連れてきたのかとバイロンさんを見ると、苦笑いしていた。
残念だな。アーロンさんのお店にあったドレスは好きだったけど、本人が作りたいと思えないなら無理だ。
「そうですか。ご無理を言ってすみませんでした。きっとバイロンは、私があなたのお店に行ったときに飾られていたドレスが素敵だと言ったから、あなたに無理を言って頼んだのだと思います」
そういえば、アーロンさんの横に立っていた女の子が口を出す。
「アーロンさん! ほら、アーロンさんのドレスは最高なの。わかる人にはわかるの! やめちゃもったいないよ」
それから私の方に向き直って、頭を下げた。
「お嬢様、もう少しチャンスをいただけませんか。アーロンさんは芸術肌で、ドレスを作りたいと思ったら、神が下りてきたようにすごいドレスを作るんです。少し前からじわじわ人気が出ているマーメイドラインのドレスを知っていますか? あれも最初はアーロンさんが作ったの。そのあと失恋してまた店をたたんだから、最初に作ったアーロンさんの名前は忘れ去られているけど。本当にすごい人なの! お願いします」
どうする? とバイロンさんを振り返れば、バイロンさんは「大丈夫ですよ」と笑っていた。
「とりあえずアーロンがやる気になるまで待ちましょうか。もともと熱量の高い奴ですから、多分僕やこの商会とかかわっているうちに、熱気に充てられてやりたくなるはずです。それに、ベティはアーロンの助手なのですが、今までに作ったドレスならベティが作れますから。やる気にならなかったらベティに作ってもらいましょう」
「え? ドレス作れるの?」
私が驚いたのには理由がある。
1つ。サリーの件で私は知っているのだ。料理人に限らず、靴職人だって、もちろんドレスデザイナーだって女性はなかなか雇われないということを。
針仕事は女性が得意だからか、下請けとして一部の刺繍を担当したり、サイズ調整をしたり、言われた通り布と布を縫い合わせたりという細かい仕事はある。
でも1着すべてを作ることはない。
全てを知るのは、男性だけなのだ。
それなのに、ベティちゃんは1着丸まる作れるという。すごい。
そして驚いた理由のもう1つは、ベティちゃんの年だ。
いくつなのかは聞いていないけれど、背格好からしても私とあまり変わらないと思う。
10歳かそこらでドレスを作れる。驚き以外に何があるというのか。
「はいっ! まだ新しいデザインを生み出すことはできませんが、縫製の腕には自信があります」
私はまだ子供だからそんなに頑張らなくてもいいとよく言われるけれど、私と同じくらいの年のベティちゃんだって頑張っているのだ。私も頑張らないと。
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