第140話
今私はソファでユリウスさんに寄りかかりながら、甘麹ミルクを飲んでいる。
もちろんユリウスさんの説教付きだ。
ユリウスさん曰く、初めて使う魔法は普通より魔力をたくさん使いがちなのだそう。
確かに昔はよく倒れていたし、最近も消失魔法練習した時に倒れちゃったなとぼんやり思い出す。
だから普通は初級から中級に上がる時、一度しか使わない、いや使えないのだそうだ。
一度使っただけで肩で息するレベルなので、初日は1回だけ。
それから何度も使ううちに1日に使える回数が2回、3回と増えていくらしい。
「君は……なかなか厄介だな」
ため息をつきながらユリウスさんが言う。
聞けば、私が何をしているか見えないから止めようがなかったらしい。
私も普通の顔してやっていたからまだ魔力に余裕があるのかと思って魔力を見れば、ほんのわずかになっていて慌てて止めてくれたんだそう。
「一番厄介なのは君に躊躇いがないことだ。この様子だと何度も魔力切れになっているのではないか?」
そういえばイヴにも魔力をためらいなく使いすぎだと怒られたことがあったな。
昔からまだ大丈夫、まだいけると本を読んでいたからギリギリになっても危機感がないのかもしれない。
「まぁ、何はともあれ。君のスキルライブラリアンもスキルアップできることが分かった。我々には全く見えないから、やはり中級では審査に使えないがな」
確かに。目に見えないものを評価するのは難しい。だから目に見える形になるまでスキルアップする必要がある。今年度中に……。はぁ。
もうすぐ夏だ。つまり今年度ももう4分の1は終わっている。
「君は夏休み何か予定があるのか」
急な話題転換に驚きつつ、答える。
「先日母から手紙が来ていまして、今年はトリフォニア王国に帰るつもりです。まだバイロンさんと話していないので、しっかりした予定は立っていないのですが」
家族からの連絡はいつも
けれど今回は分厚い手紙がわざわざ隣国トリフォニアから届いた。
何事かと思い、急いで封を開けるとスキル狩りによって身分を捨て国外に出た貴族の身分を戻すことができるということだった。
おそらく私の身の上を知っているアイリーンやオスニエル殿下が早く対応してくれたのかもしれない。
トリフォニア王国で反乱があったのは年が明けてすぐ。
急に王位につくことになり、色々大変だっただろうに、たった半年ほどでこの発表はとても早い。
そういうわけで手続きのために一度王国に戻らなければならない。
そんな話をすれば、ユリウスさんは「それは好都合だ」と笑った。
家に戻り、バイロンさんと手紙の話をする。
「テルーちゃん。男爵令嬢に戻れるの? それは良かったねぇ」
私も正式に雇う時に初めて知ったが、バイロンさんもバートン伯爵家の三男だ。
彼自身は爵位にこだわりがなく、結婚は身分関係なく気が合う人がいればという感じだし、何より商売をしたいらしい。
そんな彼が私の爵位が戻ることを喜んでくれているのは、私が貴族になる云々ではなく、公的な面でもドレイト男爵の娘になれたからだ。
つまり、公の場でも父様と母様の子供として振る舞える。
まだ10歳の私には公の場に出ることなんてなくて、いまいちピンときていないけれど、テルミス・ドレイトに戻れると聞いて一番に思い至ったのはドレイト領に帰ってもいいのだということだった。
もちろん、今までだって帰ることを禁止されていたわけではないけれどテルーはトリフォニア王国から逃げるための名前だったから、反乱が終わった後でも帰ってはいけないような気がしていたのだ。
帰っても居場所がないような……そんな気持ちだったのかもしれない。
「いない間商会は任せていいかな? あと、帰るタイミングだけどいつでもいい?」
「もちろんだよ。2年半ぶりになるのかな? せっかくの里帰りだ。こっちは気にせずゆっくりしておいで……と言いたいところだけど、建国祭までに帰ってきてくれると嬉しいかな」
建国祭? 今年も屋台を出す……なんて話は聞いてないけれど。他に何かあったっけ?
「屋台ですか?」
「いや、屋台は今年はしないから大丈夫。靴の方だよ。あと少しで木型が出来そうなんだ。だからそろそろ本格始動だよ」
「本当ですか!? 早いっ! あとでルカの工房見に行ってみます!」
ルカ達がクラティエ帝国に来たのは反乱の少し前。
つまりルカは半年ちょっとで全ての木型を作り終えたのだ。すごい。
なんでも少し前に入った新人が木型作りもできる腕利きだったらしい。
「だから、ね。テルーちゃんも男爵令嬢になるし、ボクと一緒に茶会に行って宣伝だよ。僕一人より実際に履いている人がいた方がいいからね。あぁ、ダンス講師も呼ばないと」
え! 社交デビュー!? ダンス?
「バイロンさん……。それ絶対ですか。まだ10歳なので社交なんて……」
「大丈夫。夜会は無理だけど、昼なら10歳でも行けるから。それにテルーちゃん狙っている人も多いから、そろそろ顔を売って味方増やして行った方がいいと思う。アイリーン様たちも今はトリフォニアだから」
味方……か。
正直味方になってもらうなんて、どうやったらいいかわからない。
でも名ばかりかもしれないけれど、私はこのテルミス商会のオーナーだ。みんなに迷惑をかけることだけはしないようにしないと。
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