第134話

前回温室でばったり会ったテレンスさんは、私が瑠璃のさえずりのオーナーだと話すとなぜ疲労が回復するのか教えてほしい、常用ポーションの開発に携わらないかと言ってきた。

ただ私はもうユリウスさんの研究助手をしているし、どうしたものかなぁと思いながら今日も研究室に通う。


「どういうことだ?」

研究室に入ってすぐにユリウスさんから問い詰められた。

少し怒っているような気もする。

どういうこととは?

そう思ったのが顔に出ていたらしい。

ユリウスさんが説明してくれるには、昨日テレンスさんから研究助手(私)を譲ってくれと話があったらしい。

ユリウスさんはいつも助手などとっていないのだから、必要ないでしょ?と。

テレンスさん手を回すのが早い!


「私は君を守ると言わなかったか? なぜ私に話さない?」

ユリウスさんはテレンスさんから話があったあと、誰かに私のことを聞いたらしい。

テレンスさんの件だけでなく、私がお買い得な件についても何故相談しないのだと問い詰められた。

いや、少し怒られたのだと思う。

でも、お買い得な件は声をかけられるようになっただけであまり実害はなかった。

それに最初は手を掴まれたりと強引な人もいたけど、アルフレッド兄様やジェイムス様がなるべく一緒にいるからか最近はそういうのも無くなってたのだ。

ナオやデニスさんもなるべく一緒にいてくれるが、やはり平民だからかそれでも声をかけてくれる人はいる。

けれど騎士服の兄様に送ってもらう時やジェイムス様といる時は皆挨拶程度だ。

みんなのおかげでなんとかなっていたから、言う必要を感じなかった。

護身用のネックレスもあるし。

自分でできることはなるべく自分で。そう思っていた。


何よりユリウスさんは守ってくれると言ったけれど、平民だ。

お買い得な私を狙っているのは、男爵、子爵が多いとはいえ貴族だ。

「でも、ユリウスさんは……」

ユリウスさんは平民だから迷惑かけられないと言おうとして口をつぐむ。

守ってくれると言ってくれるユリウスさんに失礼な気がした。


それに、ユリウスさんに言わなかったのは身分的に難しいという理由だけじゃない。

ユリウスさんの研究所に入ったのは、守ってもらうことが目的じゃなかったからだ。

せっかく逃げなくていい、隠さなくていいクラティエ帝国にやってきたのに、結局隠して生きていることに気付いて、もういいかなと思ったのが最初にユリウスさんに魔法を明かす気になった理由。

その後にユリウスさんが言った言葉でさらにユリウスさんなら明かしていいと思えた。


ユリウスさんは、どんなスキルでも何かの役に立つはず、いろんな種類のスキルの人が集まって互いに補いあうのが社会だと言った。

あの時は、父様や兄様たちがトリフォニア王国で反乱を起こしてスキル狩りを解決してくれたのに、私はというと自分の事なのに何もできなかったことに無力感を感じていた時だった。

だからこそ、ユリウスさんの言葉に強く動かされた。

どんなスキルでも何かの役に立つはず。

なら、ライブラリアンは? 役立たずのライブラリアンは、どんな役に立てるのだろうかと。

ユリウスさんと共にスキルを研究すれば、私のスキルライブラリアンについて何かわかるかもしれない。

知れば何かの役に立てるようになるかもしれないと思った。

だから、本当に守ってもらいたくてユリウスさんに魔法を明かしたわけではないのだ。


「ユリウスさんありがとうございます。けれど、大丈夫です」

言いかけた言葉を飲み込んで、ユリウスさんの目をしっかり見て大丈夫なのだと断言する。

「テルー?」

ジュードさんは何か言いたげで、ユリウスさんは困ったように頭をかく。

「私は研究が一番だ。研究することで国に貢献しようと決めたからだ。だから、その他のことはあまり興味がない。だけど、君が自分から助けを求めないなら私も動かないといけないな」

「へ?」

ユリウスさんの両手が私の肩に乗る。

ずいっと近づいた顔に驚くと、ユリウスさんは私の目をしっかり見る。

よく晴れた空のような明るい水色の瞳が綺麗だと思った。

「子供は気を使うな。子供を守るのは大人の役目だ」


「それはそうと、その店で出している飲み物についてはやはり言えないのか?」

気を使ったのかユリウスさんが話題を変える。部屋の空気がふっと緩んだ。

「それはみんなと相談してみないと何とも」

「そうか。私も常用できるポーションは常々欲しいと思っていたから、残念だ。テレンスがあぁまで言うのだから、その飲み物はよほど効果があるのだろう。試してみるか」

ユリウスさんは普段シャンとしている人だ。

紅茶を飲んでいる時も貴族ではないかと思う位優雅に飲む。

けれど、集中すると周りの音など聞こえないほど一心不乱に研究に取り組んでいるところを何度もみている。

何時間も何時間もだ。

それに髪はテレンスさんと同じくぼさぼさで、長い前髪は彼の瞳もよく見えないほどだし、制服のようなものだから当たり前だが、毎日紺衣を着ている。

研究職の人にとっては、研究が一番。だからこそ研究一筋の人ほどその他のことなんてどうでもいいと思っている気がする。

つまり何が言いたいかと言うと、ユリウスさんもテレンスさんのように毎食苺の甘麹ミルクで済ませるようになるのではないかということだ。

「ちゃんとご飯も食べてくださいね?」

近い将来甘麴ミルクを飲みながら、研究しているユリウスさんの姿が想像できてしまって慌てて念押しした。

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