第133話
「ほら、あの人なんです」
そう言ってサリーがこっそり視線で指示したのは、ぼさぼさの髪をした丸眼鏡の人だった。
今日は学園が休みの日なので、瑠璃のさえずりに来ている。
というのも、開店して2週間ほどたった頃、サリーから苺の甘麹ミルクの熱心なファンについて話を聞いていたからだった。
サリーの話では、開店1週間くらいの時に初めて来た時もすごい勢いで飛び込んで来たらしい。
「苺の! 苺の飲み物あるわよね! 1杯……いや、3杯ちょうだい!」とすごい形相でやってきたらしい。
ちょっと怖い。
その時から毎日のようにやってきて、原料は何かとかあれこれ質問されるのだとか。
ただ潰した苺と甘麹、ミルクを混ぜただけなのだが、甘麹の作り方はさすがに企業秘密ということで教えられない。
「そこをなんとか!」とその人は必死にお願いしてくるらしいけれど、無理なものは無理だ。
バイロンさんが収めてくれたらしく、無理に聞き出そうとはしないそうなのだが、今でも毎日やってきて、店先でよくわからないことをあーでもない、こーでもないとぶつぶつ独り言を言っているらしい。
そして、今日初めて私はその人に会ったのだけど、あの紺衣……あれはユリウスさんと一緒だ。
ユリウスさんを始め、研究所の人は研究所内では紺色の服を着ている。
白衣の紺色バージョンといえばわかるだろうか。
そして、あの人も同じ服を着ている。
ということは、研究所の研究者?
「い、いらっしゃいませ~」
今気づいた事実に若干ひくつきながら対応する。
「いつもの3つくれる?」
本当に3つも買うんだ!
それによく見れば、その人は髪は遠目で見ていた通りぼさぼさで、眼鏡の奥にはがっつり濃い隈がある。
頬もこけてるとまでは言わないが……なんだか全体的に不健康オーラを醸し出していた。
買った苺の甘麹ミルクを手渡すと、その場でごきゅごきゅと一気飲み。
「ぷはっ! あ~生き返る。じゃあまた明日ね~」
そう言って、残り2つは手にもって帰っていった。
あんなに不健康そうなのに、元気だ。
そして、言ってたね……。
「また明日って言っていたけど、期間限定商品ってあの人知ってるのかな?」
なんだかあれで食いつないでいるのではと思わせる言動だけに、ちょっと心配だ。
見ず知らずの人の食卓事情まで心配する必要はないのだが、毎日3つ買っていくのがまた不安だ。
まさか、朝ごはんに1杯、昼ご飯に1杯、夜ご飯に1杯じゃ……ないよね?
サリーによるとそれとなく期間限定商品である旨は何度か伝えているそうなのだが、ちゃんと伝わっているのか自信がないという。
紺衣を着ていたことから研究所の人だ。
ユリウスさんに聞けばわかるだろうか?
分かったところで、どう対応していいものか悩むところではあるけれど……。
不健康そうな人の名前は悩まずともあっと言う間に分かった。
それは私が温室でバンフィールド先生の薬草学の助手をしていた時のことだった。
「エイダ! このポーションどう?」
温室の扉を開けるなり、手にしたポーションを掲げながらそう聞く人は、ここにバンフィールド先生以外の人がいるとは思っていなかったようだ。
私の存在に気が付くとノロノロと手を下げ、大事そうに机にポーションを置くと焦ったように失礼と頭を下げた。
そして、頭をあげ私と目が合うこと2秒。
「あなた! あのお店にいた子だよね? え? 生徒? 生徒だったの?」
先程頭を下げたのが嘘だったかのようにすごい剣幕で詰め寄ってきた。
両方の肩を掴んで「ねぇ!」と詰め寄ってくる様子にやり過ぎだと思ったのかバンフィールド先生が手にしたヤローナ草で頭をはたく。
「やりすぎよ」
「ごめん! でも貴女に聞きたいことが!」
そういってまたずいっと近づいてくるので、またバンフィールド先生がヤローナ草ではたく。
「わかったわよ~。離れるから。ヤローナ草のにおいがつくじゃない」
「どうせボサボサの髪なんだからいいでしょ?」
そう言って落ち着いた女の人とバンフィールド先生、そして私で今はお茶の時間だ。
「さっきはごめんね。私はテレンス。男みたいな名前でしょ? 見た目もこんなんだけどれっきとした女よ。研究所で常用ポーションの研究をしているわ」
「初めましてテレンスさん。私はテルーと申します」
そっか。テレンスさんだったのか。
テレンスさんはポーションで、バンフィールド先生は薬とアプローチは違えど同じように医療に携わるものとして、良く意見交換したりするって前言っていたな……。
テレンスさんが瑠璃のさえずりに来るようになったきっかけは、同僚の世間話だったという。
「プリンを並んで買った」「美味しかった」という世間話に最初テレンスさんは何も興味を抱いていなかった。
けれど、最後にその同僚が苺の甘麹ミルクの話をした時に「疲れが吹き飛ぶ」なんて言ったところから興味が出たらしい。
テレンスさんのいう常用ポーションというのは、普通のポーションのように傷を治すものでもなく、魔力を回復するものでもないらしい。
この二つのポーションは、効き目が凄い代わりに日常的に使えば耐性がついて効果がなくなってしまう。
テレンスさんの目指す常用ポーションは違う。
常用と名がつくように、毎日飲めるものを目指しているんだそう。
日々の疲れを軽くするようなそんなポーション。
毎日飲んで毎日元気に働けるようなそんなポーション。
……やっぱりエナジードリンクとか、にんにくの錠剤みたいなことかな?
「同僚から甘麹ミルクの話を聞いて、常用ポーションのようなものだと思ったの。私が研究しても全然成果の出ていないのにただの菓子店に作れるはずがないと最初は飲んで、性能を調べて、文句言おうと思ってたのよ」
あ、危なかったー。過大広告で糾弾されるところだった!
「でもね。調べてみると確かに聖魔法を感知することはできなかったけど、私の体の疲れは本当に軽くなった。それからはその仕組みを知ろうと毎日通ったわ。朝、昼、晩飲んでいるおかげで私の顔色も良いでしょ? だから本当に効果はあるのだわ」
え! 顔色……よくないよ!
本当に朝、昼、晩飲んでた!
どうしよう?
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