第132話
大人になったら何がしたい?
前世ではありふれた問いかけだったけれど、今世では初めて使った言葉だ。
スキルと身分があるこの世界では、その二つでもうほとんど将来が決まっているようなもの。
自らの意志で何かになりたいと考える余地がある人なんてほとんどいなかった。
「大人になったら……」と考えられることって贅沢なことだったんだなぁ。
そんなことを考えながら、ジェイムス様と門へ向かって歩いている。
ジェイムス様は何も話さない。
もしかしたら彼も何がしたいなんて考えたことなかったのかもしれない。
ジェイムス様が話さないのをいいことに、私もぼんやり考え事をしながら歩く。
考えるのは、さっきジェイムス様が言ったあの言葉だ。
「お前はなんのためにそんなに勉強してるんだ?」
なんのためだろう?
何で勉強始めたんだっけ? 最初に勉強し始めたのは……多分6歳だ。
そうだ。スキル鑑定でライブラリアンだとわかって、仕事も結婚も難しいとわかって、何が私にできるかわからないけれど、知識は裏切らないからとりあえず勉強を始めたんだ。
領民のために何かしら役に立たないとという思いから毎日びっちり勉強の予定を詰め込んだら、メリンダに「お嬢様の幸せも探そう」って言われたのよね。
それから自由時間を設けつつ、算術したり、ゴラーの伝記を音読したりし始めたんだ。
ゴラーの伝記は面白かったなぁ……。
彼は興味を持ったものに一生懸命で、私が思い出した前世で読んだ漫画の主人公たちみたいにキラキラ輝いていた。
そうだった。私、ゴラーや前世で読んだ漫画の主人公たちみたいなキラキラした人生を歩みたかったんだった。
それで……。
「ジェイムス様。わかりました」
少し前を歩くジェイムス様が振り返る。
「私は最高に楽しい人生のために勉強しているんです」
あの漫画の主人公たちみたいに、冒険家のゴラーのように何かに夢中になりたいのだ。
頑張った先にある景色が見たいのだ。
「勉強が楽しいのか?」
ジェイムス様が眉を寄せる。
「ちょっと違います。自分の楽しいこと、好きなことを知りたいから勉強しているんです。知らなきゃ好きも嫌いもありませんから」
少し先にあるベンチを見やる。
あのベンチだって、大抵の人にとってはただのベンチだ。
でも、木について詳しい人なら木の種類に気付き、木目の美しさに気付く。
もしかしたら歴史的背景があるかもしれない。
そんな人にとっては、これはただのベンチではない。このベンチに座って休憩するひと時だって楽しいはずだ。
そういう人から見た毎日はどんな景色なのだろう。
同じ者を見ているのに、感じることは人それぞれ違う。
きっとキラキラと輝いているんだろうな。
知っていることが増えるというのは、楽しく思う事柄が増えるということ。
こうやってたくさんの事を知っていく上で、私の一番をいつか見つけられるといいなと思う。
ジェイムス様には気軽に聞いてしまったが、「大人になったら何がしたい?」という問いには私もまだ答えられそうにない。
「ジェイムス様は好きな人や物がありますか?」
「なっ!」
急にジェイムス様の顔が赤らむ。
好きな人がいるのか。なんか意外。
好きなものでも良かったのに、好きな人を思い浮かべてしまうなんて青春だなぁ。
「言わなくてもいいですけれど、どんなところが好きか思い浮かびますか」
「あぁ」
「それと同じです。その方の容姿は存じ上げませんが、たとえ絶世の美女だったとしても見たこともない人のことは好きになれないのです。今まで出会った人の中で好きな人もいれば嫌いな人もいるでしょう。でも等しく言えるのは、出会わなければ好きなのか嫌いなのかもわからないということです。だから私は勉強するんだと思います。勉強してたくさんの事を知れば知るほど、私が楽しいと思う事柄も増えるし、私が何を好きでどう生きていきたいかもわかる気がするから」
前世は何事にも一生懸命にならずに、なんとなく生きてなんとなく生を終えた。
この一生懸命になれなかった理由の一つは多分、自分の好きなものさえわからなかったからかもしれない。
前世は今世よりもたくさんの物があったし、沢山の物事が簡単に知れた。
なんとなく生きていくだけでは、広く浅く好きなものはあれど、それを深堀することはなかったのではないだろうか。
少しでも好きだ、興味があると思ったことは、その世界に飛び込んでみたらよかったのだ。
そしたらあのキラキラな世界にたどり着けたかもしれない。
「なるほど。そうか」
ジェイムス様は何か思うことがあったのか、それからまた私を家に送り届けるまで何も話さずなにやら深く考え込んでいた。
その日からジェイムス様は少しずつ勉強するようになった。
昼ごはんの時に授業の話をすることも増えたし、放課後は4人で図書館で勉強することもある。
正直あのジェイムス様がこんなに変わるなんて思わなかった。
けれど、彼は必要ないと思っていたから何も勉強していなかっただけで、幼い頃は伯爵家で行われていた教育もちゃんと受けていたらしく、やればやるだけぐんぐん吸収していく。
こっそりデニスさんに聞いたところ、最近は私たちと一緒にいることもあるけれど、真面目に授業を受け、勉学に励むジェイムス様に以前のように嫌味を言う人はいないそうだ。
よかった。
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