第121話

家に戻ると、応接間にナオが来ていた。

ナオは、塩麹や甘麹など海街の物で作った商品を売る店を取り仕切ってくれることになったからだ。


店は海街との境に出す予定だ。

ちょうどその場所が開いていたので、店を出すと決めてすぐにバイロンさんが抑えてくれた。

店で働く従業員は、建国祭の時に一緒に屋台を手伝ってくれたチャドと海街出身のカイ。

海街の人は以前からナリス語が話せず、なかなか帝国になじめていなかったが、建国祭で帝国の客が沢山流れてきたからか、その後海街全体でナリス語を習得しようという動きが活発化したらしい。

皆で集まり、ナリス語で話す時間を設けたり、時々来るようになった帝国の客相手に片言のナリス語で接客したりしているんだとか。

ナオ監修のもと、接客時によく使うナリス語ガイドブックなるものもあるという。

やはり言葉は使わないと身につかないようで、今まで全く入ってこなかったナリス語が最近急激にわかるようになってきたとアンナさんから聞いた。


カイは中でもナリス語の上達が早く、本人の希望もあって従業員になってくれた。

店の名前は、『トルトゥリーナ』。

建国祭の時、花あられを売ったカップにもデザインした亀の名前だそうだ。


サリーを中心にした菓子店も大通りから1本外れたところにオープン予定だ。

こちらもバイロンさんが今までに培った人脈をフルで使って、店と従業員を確保してくれた。

プリンに関しては、もう既にレシピがあるし、菓子店で雇った従業員2人は海街の人とは違い言語の問題はない。

あとは新商品のパイを作れるようになるだけだ。

売り子も新たに募集して、内装だとかパッケージのデザインだとかそういう細かなところも今あれこれ検討中。


こちらの店の名前は、『瑠璃のさえずり』。

海街の店の名前が亀だからと言う訳ではないが、その名前を聞いて動物をモチーフにするのが良いと思ったのだ。

思いついたのは、オオルリと言う名の鳥。

森の中で、声高く、ピリリン、ティリリ、ピピリンと歌うように鳴く鳥で、帝国の前身ナリス王国の貴族たちは、森へこの鳥のさえずりを聞きにピクニックに行ったという話も本で読んだことがある。

その頃の貴族たちは、この鳥のさえずりを聞きながら、紅茶を飲み、絵や音楽について語らうことが風流だったのだ。

そんな話から、プリンやパイも優雅な気持ちで食べてほしいとこの名前にした。

それに、私の故郷ドレイト領では、ルリビタキという鳥がいて、その鳥は幸運を運んでくるという。

つまり風流な鳥オオルリと幸運を運ぶルリビタキ。

2羽のルリにあやかり、この名をとったと言う訳だ。

どちらもきれいな青い鳥だから、店のイメージカラーは濃い青色だ。


サリーは私が学校に行っている間は、新人2人にパイとプリンを作れるように指導し、私が帰ってきてからは私と一緒に新商品の試作。

トルトゥリーナと瑠璃のさえずりは、2店同時オープンにして、相互にお客を集めようとの企みなので、互いの店を思わせる新商品を開発中なのだ。

と言っても、もう既に店を始めると決めてから、あれこれ試作していたので、モノ自体は決まっている。

あとはみんなの反応次第。


ルカの方も忙しい。

というのも、ラインキーパーと調整パッドはバイロンさんがあっという間に商品登録を済ませ、人材の確保もしてきたからだ。

今ルカは昼の間、新人にラインキーパーと調整パッドを作れるよう指導しつつ、足の幅を測る重要性とか、測り方を教え、さらに夜の空いている時間に木型づくりをしている。

ドレイトで作っていた木型は、ドレイトで育てた職人が使えるように置いてきたのだという。


まぁそもそも大量の木型を帝国に持ち込むのも大変だろうが。

こっちは店を持たず、オーダー製にするらしい。

工房もおいおい準備するが、まだ実入りの少ない靴事業は、今のところわが家が工房変わりだ。


4月になり、賃貸として貸していた2階も契約満了だ。最初から1年で出ていかねばならない可能性も話していたので、入居者の人たちともトラブルにならず、賃貸業を終了した。

現在は、3階は私とサリーが住み、2階がルカの部屋と工房代わり、1階がバイロンさんの部屋であることは変わりないが、入居者用の応接間とキッチンは、テルミスグループの会議室と試作部屋となっている。


言うまでもないことだけど、一番忙しいのはバイロンさんだ。すべての事業に携わっているからだ。

だから、みんなが何かあるとバイロンさんのいる1階に集まる。

ナオももうすぐオープンの店の相談で来ていたらしい。


「いらっしゃい、ナオ。それが終わったら、オープン限定商品食べていって。サリーと私はこれでもう完璧だと思うんだけど、みんなの意見も聞きたいから。バイロンさんも食べてくださいね」


「わかったわ」


「わかりました。サリーに多めに作るよう言ってくれます? それを夕食にしますから」


この発言1つでバイロンさんの多忙ぶりがわかるというものだ。

休んで欲しいとは言っている。

けれど、テルミスグループがずっと売りたいと思っていたプリンを取り扱っていることを知って、バイロンさんのやる気はマックスだ。

今まで身にまとっていた優しい、ゆったりした時間はどこへやら、今のバイロンさんはすごいスピードで走り続けている。

それも今までより生き生きと走るのだから、しつこく休んでとも言いづらい。

好きなものには猪突猛進タイプだったのか……意外だ。


「サリーに簡単なご飯も作るようお願いしますから、ちゃんと食べてくださいね。ナオも一緒にご飯食べていって」


ナオとバイロンさんの話し合いが終わり、みんなでご飯だ。

もちろん木型を作り始めたら、夢中で時間を忘れ、寝食抜きがちなルカも2階から無理矢理引っ張ってきた。

みんな忙しいから、手早く食べられるチャーハンをみんなで食べる。


「ルカおかわりいる?」

サリーが振り返って聞く。


「食べる。大盛でよろしく」

おかわり前のチャーハンも1人だけ大盛だった。

ルカは食べすぎだと思う。


「ナオミさん、それだけでいいの?」

ルカとは対照的にナオのお皿には少しだけで、それを見たバイロンさんがびっくりしている。


「だって、最後に試食もあるじゃない」

そうは言っているが、多分夜は海街でナリス語を教えていたりするので、夜食を食べるから少なめにしているのだ。

つまり何が言いたいかというと、ナオも忙しいのだ。


そんな風にみんなが忙しい中、集まってご飯を食べる。

みんなで食べるのは、とても美味しい。

こうやって、和気あいあいと食事をするとなんだか家族みたいな気がしてくる。


「さぁ、食後のデザート。トルトゥリーナと瑠璃のさえずりのオープン記念商品チーズパイといちごのスムージーですよ」


サクッとするのは、チーズパイ。

瑠璃のさえずりは菓子店だから、基本的に甘い物しか売らない。

けれど、パイは砂糖をかけるだけでなく、チーズをかけたり、シチューにかぶせたり、いろいろ活用法がある。

だから今回は甘くないパイをトルトゥリーナで売る。

花あられと同様、空調の魔法陣の中に入れておけば、売る直前までサクサクのはずだ。


「これいいね。チーズとピミエンタ、あと他にも香草入っている? 砂糖をかけたパイも美味しかったですけれど、甘くないパイもいいですね」


「このねじった形もなかなかなくていいと思う」

うんうん。なかなか好評だ。


「こっちは、瑠璃のさえずりで? ピンク色で可愛いわ」

ここにいるメンバーは皆甘麹ミルクを1度は飲んだことがあるメンバーだから、それに細かくつぶした苺を混ぜたと言えば、すぐに伝わった。


この日の夕食会兼試食会は終わったけれど、開店まではもうわずかでやることは山盛り。

結局、その日以降も毎日のようにみんなで夕食を食べることが習慣になった。

土日の休みの日はここにアルフレッド兄様も加わる。

ルカ、サリー、バイロンさん、ナオ、アルフレッド兄様に私。もうこれは大家族だ。


帝国に来た時は、ここでこんなにも居心地のいい居場所を見つけることが出来るなんて思いもしなかった。

イヴが去り、アイリーンも宮殿に行って、1人になったような気がしていたのに。

あぁ、なんか幸せだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る