第四章 開花するスキル

第120話

「君の魔法はすごいけれど、案外スキルは初級止まりなんだな」


そう言ったのは、私が研究助手をする予定のユリウスさんだ。

ナリス学園ももうすぐ2年目というこの日。

私は、学年末に受けた試験がSクラスの基準に満たしたらしく、休みの期間にわざわざ学園に赴き、Sクラス認定の試験を受けることになっている。


今日の試験では魔法を使うことになるだろう。

「なんで使えるのに黙っていた!」とか怒られるかな? とドキドキしていたのだけど、部屋へ行くと、なぜか試験を担当するのはユリウスさんとオルトヴェイン先生だった。


「君はもう隠さなくていいと言っていたが、隠すだけで不都合が避けられるならそれに越したことはない。私は君の能力さえ知れれば問題ないしな」


それならばなぜオルトヴェイン先生がいるのだろう? 

そう目で訴えると「コレは大丈夫」とのこと。

前から思っていたが、ユリウスさんは平民なのに、オルトヴェイン先生と距離が近すぎやしないだろうか。


試験の内容は、ユリウスさんが使う魔導具からの攻撃を防ぐこと。

攻撃もしていいらしい。

まずユリウスさんが取り出したのは、丸い球。

ゴルフボールくらいの球で何するんだろう?

そう思っているうちにそれを私の方に投げた。

でも全然距離が足りない。私の少し前にポトリと落ちた。

その瞬間ぶわっと炎が立ち上り、火の粉が舞い、熱風が吹く。


あつい!

アグア

上から水を落とし、消火する。

「まだまだあるぞ」

そう言って取り出した筒からは、高圧の水が出てくる。

咄嗟に分厚い土の壁を出して防ぐ。

壁によって、防ぐことが出来たが、水は少しずつ少しずつ壁を掘り進めていく。

このままでは穴が開いてしまう。

守護プロテクシオン

壁に追加で結界を付与した。水はもう少しも壁を削れない。

その後土の弾丸を撃ち込まれたり、鋭い風で壁を切られそうになったりしたけれど、結界付きの壁はその全てを跳ね返した。


「わかった。わかった。君がSクラスなのは間違いない。ただ、忘れてないか? 私は君の魔法が見たいんだよ。すべてその壁で跳ね返されたら壁以外見られないだろう」

「それでは、こういうのはどうでしょう」


そう言って私はユリウスさんの隣に並ぶ。そして、さっき作った壁に向かって炎を出し、高圧の水を出し、土の弾を打ち、風で切り裂こうとした。

結界ですべて阻まれているけれど、魔法は見られたはずだ。

隣のオルトヴェイン先生は、目をあらんかぎり見開き、ユリウスさんは目を輝かせている。


「君の出した壁なのに、君自身もあの壁を破れないの?」

「あれは、結界を付与していますから」

付与を解除して、風で切り裂く。きれいに真っ二つに割れた。


「付与魔法も、結界も張れるのか。君の魔法は……ほんとうにすごいな。スキルはライブラリアンだったか。ライブラリアンとはすべての魔法が使えるのか?」


「え? もちろん違いますよ。本を読んで勉強しただけです。私はスキルで魔法が使える人のように自在に使えなかったので、魔力の扱い方を勉強して、魔法陣の勉強をして、古代語の勉強をして、付与魔法の勉強をして、それで少しずつ使えるようになったんですよ」


「魔法陣!?魔法陣の本なんて……。いや、魔法陣なんてそもそも君は描いてなかっただろう」

「昔は魔法陣がないとダメだったんですけど、ある時から使わなくてもできるようになりました」

 なぜかユリウスさんはため息を吐き、オルトヴェイン先生はまだぽかんとしている。


「あの、先生?」

「ユリウス! これは無理じゃないか? すぐにへい……」

「みなまで言うな。もう決めたことだ……。わかったな」

オルトヴェイン先生が話そうとしたことを、ユリウスさんは遮り、話す。

何の話をしているんだろうか。

オルトヴェイン先生はユリウスさんの言葉に驚きつつも、しぶしぶ了承したようだ。


「ちなみに、君のスキルライブラリアンは何が出来るんだ?」

「本が読めます」

「他には?」

「えっと……本が読めます。それ以上でも以下でもありません」

ユリウスさんは、遠くを見つめるように一瞬考え、口を開く。

「スキルアップは? 6歳からずっと同じ……と言う訳ではないのだろう?」

「いや、6歳の時も今も本が読めるだけですが……でも、見てください。この本、昔はもっと小さくて、カバーもなくてノートみたいな本だったんです。けれど、今ではこの通りちゃんとした本ですし、読める本も最初は10冊だったのが今や読み切れないほど読めるようになったんですよ!」


特に帝国に入ってからはぐんと読める本が増えた気がする。

最初は10冊だったことを考えるとすごいスキルアップだと思っていたのだけど、ユリウスさんは私が真っ二つにした壁を見るとはなしに見ながら、あごに手を当て考えている。

そうやって熟考の末に出てきた言葉が、冒頭の「スキルは初級止まり」発言なのだ。


全くわけがわからず、説明をしてほしいと思ったが、「いろいろ考えることが出来た」と言って帰ってしまった。

残ったオルトヴェイン先生からSクラスに認定されたことを聞き、魔法陣が使えることも、魔法陣のおかげとは言え複数の魔法が使えることも今まで通りなるべく隠すようにと忠告された。

「君のその魔法は特別だと感じる人もいる。それは一見いいようだがな、それは自らの意思で使えればの話だ。君の魔法が知られれば、君のことを便利な道具としてみる奴もいるだろう。そんな危険に巻き込まれたくなかったら、これからも隠しておけ。いいな」


あの試験から数日たち、2学年がスタートした。

前回同様中庭に結果が張り出され、私は筆記2位、実技1位だった。ちなみに筆記の1位はクリス様だ。

前回の成績発表ではジェイムス様達に絡まれた。

それを警戒してか私とナオ、デニスさんの近くにはすでにクリス様やイライアス皇子殿下がいてくれている。

おかげで何事もなく終わった。


けれど、もしかしたら今回は殿下やクリス様がいなくても何もなかったかもしれない。

前回ジェイムス様たちは複数人で集まり、胸を張って、声高に「不正だ!」と訴えていたけれど、今ジェイムス様の周りに人はいない。

心なしかジェイムス様自身も覇気がないように思えたからだ。

何かあったのだろうか。


私はSクラスだった。

同じくSクラスなのは思った通りクリス様とイライアス皇子だ。

殿下とクリス様は同じ年だが、殿下が11歳、クリス様が12歳の時に入学しているので、殿下は私達より1つ上の学年。

だが、以前クリス様が言っていたようにSクラスは学年関係なく同じクラスなようで3人まとめて同じ教室だ。


ちなみに、学ぶ科目も去年とは違う。

2年からは学科選択制だからだ。

学科は3つ。

貴族科、騎士科、そして魔法科。

ざっくり言えば、貴族科は社会学をさらに細かく、深くした経済学とか経営学、法学などなどを学び、騎士科は武術や魔物との戦い方を、魔法科はスキル毎にわかれて魔法を極めていく。学科以外の科目も一応学ぶ。

ただし、割かれる時間は週に2時間だけだ。

だから今年からクラス分けと言っても、Sクラス以外は成績上だけで、実際学ぶ教室は学科ごとの編成だ。

Sクラスはここからさらに魔法の授業が自由参加になる。

その時間は自主研究に充てていいそうだ。

つまり今年私が受けなければならない授業は、社会学と体術。魔法の授業は2年からスキル毎に分かれて魔法をどんどん発動させていく授業らしく、ユリウスさんからその授業を受けるより一緒に研究した方が身になるだろうと言われているのだ。オルトヴェイン先生からも魔法はやはりなるべく隠した方がいいと言われているから、そういう理由もあるのだと思う。


クリス様も魔法科の授業には出ないらしい。

もともとクリス様も研究助手狙いで魔法科に進まれたのだ。

魔法の授業の時間は殿下と二人で鍛錬するらしい。


成績発表を終え、教室でオリエンテーションを受け、今日は終わり。

実際に授業が始まるのは明日からだが、私は運よく研究助手に選ばれたため、ユリウスさんの研究室に行く。

ノックをして、扉を開ける。

すると中からジュードが出てきた。


「テルー! 待っていたよ。来てすぐで悪いけど、この計算手伝って!」

ジュードの前には紙の山だ。


「なんですか? これは?」

「それは、ジュードが貯めていた経費申請の紙だ。だから都度処理しておけと言っただろう」

ユリウスさんは優雅に紅茶を飲んでいる。


手伝わないのかと聞くと、「そのために雇っているしな」と御もっともなことを返された。

ジュードは計算が苦手だ。コネと言っていたけれど、なぜこの職にしたのだろうか。

他にも資料を取りに行ったりしないといけないらしく、私は計算、ジュードは図書室に資料を借りに行くことになった。


「速かったな。もう計算終わったのか。終わったらそこの棚に紅茶がある。好きに飲むと良い」

紅茶を入れ、ユリウスさんの正面の椅子に座る。


「ユリウスさん。先日の言葉の意味を聞いてもいいでしょうか」

「先日の言葉とはなんだ?」

 私はスキルが初級と言われて、どういうことだろうかと悩んでいたというのに、彼は自分が言った言葉を全く覚えていなかった。


「先日、試験の時にスキルが初級止まりとおっしゃったじゃないですか」

「あぁ。そうだったな。君はライブラリアンだから前例がないのだが、火、水、風、地と言ったスキルの場合、ある程度スキルアップの道筋があるんだ」


 ユリウスさん曰く、スキル判定を受けた直後はただ火を出す、ただ水を出す程度なのだという。

確かに私の鑑定の時、他の子供がちょっとだけ水を出していた。

それから魔法を使っていくにつれ、先ず扱える火や水の量が多くなる。

個人個人魔力の量が違うため限界があるそうだが、それでもその人なりに扱える量が増えていくそうだ。

次に火球ファイアーボールのように比較的小さく、単純な形に魔法を変えることが出来るようになる。

これが初級の域だ。


さらに上達すると、もっと複雑な形を作ることが出来るという。

これが中級。

おそらく私が誘拐されかけた時に使った土の手などはこれに当たると思う。

ユリウスさんの話では火で竜の形をした火竜ファイアードラゴンなんて技を使う人も過去にはいたらしい。

そして複雑なだけでなく、かなり小さいものを大量に扱えるのも中級だ。

水を雨のように降らすのもこれに当たるし、土の弾を何発も同時に撃てるのもこれに該当するらしい。


そして、もっともっと上達すると状態を変化させ、別の効果を持たすことが出来る。

風刃ウィンドカッター水刃ウォーターカッターなどがいい例で、風のスキルだとただ風を出すことしかできないのに、その風を刃状の形にし、さらに風に圧をかけ、物体を切断できるほどの効果を持たせている。


このようにスキルは進化していくらしいのだが、その理論で言うと私は読める本が多くなっただけ。つまり、扱える火が増えたのと同じこと。

本の形が変わったのも、もともと簡素とはいえ本の形をしていたわけだし、0から1を生み出すより簡単なはずで、だから初級と称したのだとか。

なるほど。

ちなみにそんなに頑張らなくてもできるのが初級までであり、学校に通って学ぶことが出来ない平民でも初級までは大抵使えるのだとか。

だからやはり、私のライブラリアンのスキルも初級止まりなのかもしれない。

ライブラリアンは本が読めるだけ。

ずっとそう思ってきたから、それ以外の使い方なんて考えたこともなかったから。


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