第119話 【閑話】トレヴァー×ベルン編
王都中央の教会。
「報告します!
ハリスン殿下、チャーミントン男爵令嬢学校入りしました」
「ご苦労。
予定通りだな。
ではそっちは若者たちに任せ、我々も動くか。
鐘を鳴らせ」
**********
ゴーン、ゴーン、ゴーン
3つの鐘の音が鳴り響くと、その日王都は混乱に陥った。
その日北門についていたのは新人と二人のベテランだった。
1人のベテランが言った。
「そんな齧り付いて見てたってそうそう敵なんかこねぇよ」
もう1人が笑う。
「そりゃ違いねぇが、新人に楽を覚えさすなー。
基本は大事だ。
面倒だけど、ちゃんと見ろよ」
「はいっ!」
そう返事した生真面目な新人は門の外を見て凍りついた。
鮮やかな青の生地にメンティア侯爵家の家紋の入った旗。
一目でどこの所属かわかる旗を掲げ持ち、森から出てくる軍勢。
まさか…
「せ、せんぱい……あ、あれ……敵ですよね?」
「あ?
何言って……ん……!!!
も、門を閉めろー!
敵襲ー!敵襲だー!」
「なにぃ?
報告しろ!」
「はっ!
敵はメンティア侯爵家の家紋を掲げています!
軍勢は……」
「東門より救援要請です!
10以上の貴族家が旗を掲げ、東門前に詰めてきています!」
「悪いが、こっちもメンティア侯爵家が押し寄せてる!
南か西に頼め!」
「無、無理です!
南よりウルティマ公爵家の軍勢が!」
くそっ!
そうなれば、西もか?
「報告します!西から辺境伯軍です!」
やっぱりか!
囲まれた!!!
*********
ダン、ダダンダダン、ドンドンドンドン
太鼓と足を打ち鳴らす音が王都を囲む中、王宮の前にもずらりと屈強な男たちが並んでいる。
1人の男が前に出て言う。
「我が名はトレヴァー・メンティア!
国王に伝えろ!
我々は国の最高法規を平然と無視し、国を混乱に陥れた逆賊ハリスンに、その蛮行の責を問うこともなく、事態を収束させることもできぬ国王に王たる器なしと退位を迫るものである!
現在明らかになっているハリスンの罪は2つ!
1つ!
王命で結ばれた婚約を勝手に破棄し、婚約者アイリーン・メンティア侯爵令嬢を議会の承認や裁判など何らかの法的措置をとることもなく、追放、殺害を指示していたこと!
2つ!
王都を震撼させたスキル狩りの犯人、動機、誘拐先を知っていながら黙認、奨励したこと!
スキル狩りに乗じ、その他の犯罪も増え、王都およびその周辺の領地も治安は悪化。
国内から優秀な人材の流出は止まることを知らず、王宮も汚職が蔓延る事態。
国家転覆と言っても過言でないこの状況を作り出したハリスンを国王は野放しにしておられる!
今他国より攻められれば、王国はひとたまりもない。
王国の民の命、生活、尊厳をかけて、我々は無能な国王に退位を求め、早急にこの王国を立て直さねばならない!
王都を囲む四方の門も封鎖している!
大人しく王が出てくるなら、他には手をかけぬ!
抵抗するなら、こちらも徹底抗戦の構えだ!」
その声は、誰に遮られることもなく、皆に届いた。
その衝撃たるや。
侯爵令嬢の追放は知っていたが、まさかスキル狩りまで王子の仕業だったとは!
その声明は声が届かなかった遠くまで、人から人へ伝播した。
隠れながら成り行きを見守っていた王都の民の1人が叫ぶ。
「王を出せ!
ハリスンを許すな!!」
それをきっかけに王族への反感が噴出。
「俺の妹を返せ!」
「父さんを返せ!」
「俺たちはお前らの道具じゃないんだ!」
民の声は膨れ上がり、大きくなるも、未だ国王は出て来ない。
一歩、また一歩と反乱軍が門に近づく。
誰も止めることがないまま、反乱軍は門をくぐった。
*********
国王派の副騎士団長は忠義心の強い騎士を集め、王の間の前で反乱軍を待ち構えた。
高潔だった騎士たちは、汚職にまみれ正当な評価がされないことに、人の命を軽く見る上層部の命令に嫌気がさしたのか、皆辞めていった。
反乱軍の宣言を聞き、職務放棄をする騎士もおり、この場を守る騎士の数は多くない。
だが、それでいいと思った。
中途半端な忠義では、いざという時寝返り、逆に王を危険にさらしてしまうからだ。
ここにいるのは骨の髄まで王に忠義を誓った者ばかり。
己が死んでも王を守るという覚悟のある者ばかり。
俺には、ハリスン殿下が良いか悪いかなんてわからない。
でも、わからなくたっていい。
俺は、王を守る。
騎士になった時に国家への忠誠を誓っている。
王がどんな奴か、王子がどんな奴か…そんなことは関係ない。
俺は王を守る!ただそれだけだ。
「メンティア侯爵、貴方を通すわけにはいきません」
「力づくでも我らは通る」
「では、こちらも力づくでも止めて見せます!」
キィン
振りかぶった剣は、侯爵に止められる。
それが合図になった。
騎士たちと反乱軍が衝突する。
くそっ!やはり数が足りないか。
「よそ見していていいのか?」
気づけば、侯爵が近くまで来ていた。
侯爵もなかなかやるが、こっちは日夜訓練に明け暮れ、戦い、守ることを生業としている。
負けるわけがない。
甘い!
既の所で剣先をかわした……はずだった。
ぐはっ。
どういうことだ?
確実にかわしたはず……
剣が……伸びた?
「単純な剣技、攻撃魔法でただの侯爵が現役騎士に勝てるわけがなかろう。
もちろん対策を考えているに決まっている。
我が家に伝わる宝剣風神の切れ味はどうだ?」
風神!斬撃が飛ぶというあの伝説の?
そんなものが本当にこの世にあったとは。
だが!まだだ。
俺はまだまだ戦える!
「
突如、眼前に火の壁が立ちふさがる。
しかもただの壁ではない。
壁の向こうで風が吹いているのか、火は2階建ての高さまで燃え上がり、時折こちら側へ火を吐き、火の粉を舞い散らせる。
早くこの場を離れなければ!
後ろを振り向けば、己が率いていた騎士たち、そしてその奥には燃え盛る火の壁があった。
ようやく周囲を見渡せば、己の前にだけあると思っていた火の壁は、騎士たちをぐるっと取り巻く火の囲いだった。
ばかな!
こんな大規模な魔法。
いったい誰が……!
「副隊長!私の水魔法では到底太刀打ちできません!」
水魔法のスキルを持つ隊員が叫ぶ。
くそっ。
死んでも守ると誓ったのに、俺らは戦うことも叶わないのか。
「娘の魔法に勝てるわけがないだろう」
壁の向こうからそんな声が聞こえた気がした。
**********
ノックもなしに、扉が開く。
「何者か!」
部屋に控える騎士団長が剣を抜く。
「我が名はトレヴァー・メンティア。
宣言通り退位を求めに来た。」
そうか。
こうなってしまってはもう仕方ない。
騎士団長に剣を収めさせ、問う。
「メンティア侯爵。
隣は、ドレイト男爵か。久しいな。
忠義のドレイト。貴君もそちら側なのか」
ドレイト領は、先の戦争で多くの貴族が出兵を渋る中、国を守るためいち早く兵を出し、敵を退けた。
その武功は、男爵位で済まないほどだ。
であるのに、爵位をあげたくてやったわけではないと陞爵も受けなかった。
それは戦争が終わってからもそうで、いつだってドレイトは国のために働いてくれていた。
それほどの忠義者が…反乱側につくとは。
「我らの忠義は国にあり。
その国が誤った方向に行くというのであれば、正すのも臣下の務め。
今回殿下は法にのっとらず、独断で人々の命、暮らしを脅かしました。
到底許されるべきことではありません。」
「そうか。
侯爵、スキル狩り関与の証拠はあるのか」
退位を迫る目的は、アイリーン嬢の追放とスキル狩りの奨励だったか。
アイリーン嬢に冤罪を擦り付け、追放し、その後殺害しようとしていたことは、王家の調査でもわかっている。
ただ、スキル狩りは初耳だった。
さすがにこれにも関与していては、お咎めなしと言うことにはできない。
「チャーミントン領にて、すでに誘拐された被害者を発見、保護している。
被害者たちは、無理矢理魔力を搾り取られ、それをタフェット伯爵が魔導具に使っていたようだ。
ハリスンはそれを知り、魔力消費の大きい魔導武器を製造させている。
タフェット伯爵、チャーミントン男爵の供述も、ハリスンがタフェット伯爵宛てに送ったとされる指示書も押収している。」
証拠もあるのか。やっかいだな。
「アイリーン嬢には、本当に悪いことをしたと思っている。
すまなかった。
だがアレは、たった一人の王子だ。
アレを罰すれば、次代の王がいなくなる。
仕方なかったのだ。」
がちゃり。
そこに入ってきたのは、学生に連れられたハリスンとチャーミントン男爵令嬢だった。
二人は罪人のように縄で縛られ憔悴している。
今日は学校の卒業パーティに主賓として参加していたはずだ。
縄にくくられているということは、騒ぎを聞きつけてきたのではなく、学校で捕縛されたか?
「父上!
お助けください!
不敬にもこの者たちが!」
縄いっぱいこちらに駆け寄り懇願するハリスンに対し、チャーミントン男爵令嬢は髪を振り乱し喚く。
「私たちは悪くないわ!
愛し合う2人を邪魔するあの女が悪いのよ!
スキル狩りの被害者だって、社会のゴミじゃない!
私たちが有効活用してあげたのよ!
感謝してほしいくらいだわ!」
「父上!
学生は皆、こいつらに洗脳されているのです!
私たちが有効活用したことで、夢の魔導武器だって手に入れられると説明しているというのに、誰一人感謝しないのです!
それどころか、暴言まで出る始末。
未来の王に唾を吐いてどうなるか、目にモノを見せてやらなければなりません!」
なん……だと?
学生たちのいる場で、スキル狩り関与を認めたのか?
愚かな。
もう……終わりだな。
「馬鹿者が……
侯爵、男爵。要求を呑もう」
*********
退位後、クラティエ帝国第3皇子オスニエル殿下とアイリーン嬢が新たな王と王妃としてやってきた。
その熱烈な歓迎ぶり。
またたった1日で、1人の死者を出すことなく終結した反乱。
それで私はようやく民の声を知った。
私は蟄居生活の中で考える。
蟄居前にドレイト男爵が言ったのだ。
何が優れたスキルたらしめるのか……と。
そんな答え決まっている。
もちろん強さだ。
だが、返答する前に男爵が続ける。
戦争している時、平和な時、災害の時……常に変わりゆく時代の中で普遍的に優れたと言えるものは、何なのだろうかと。
私は答えられなかった。
そして同時に思う。
何が王たらしめるのかと。
以前は血筋だと思っていたが、もはやそれは覆された。
だから私は考える。
王とは何だ。
スキルとは何だ。
幸い時間はたっぷりある。
◇作者からのお知らせ◇
これにて三章完結です。
明日からは、1日1話昼更新になります。
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