第115話

ユリウスさんのスキル研究の助手に応募して、学園は休みに入った。

ジュードもユリウスさんの助手だから、もしも、万が一受かったら、一緒だなぁなんて思うけれど、ユリウスさんは一度も学生の助手を採ったことがないというから難しいかもしれない。


帝国では、年越しの休みになるとパンやチーズにベーコン、じゃがいもなどの日持ちのする野菜やお菓子を手に親しい人、お世話になっている人の家を訪れる。

そこで今年1年お世話になりました、仲良くしてくれてありがとうと挨拶をする。

手土産は全て日持ちする食材で、それはこの年越しの休みの期間もお腹をすかさず、幸せに暮らせるようにという願いからだ。


年越し当日は忙しい。

朝のうちに家の北側に宝石を、南側には楽器を、西側には焼いた肉を、東側には薬草を置き、1年の息災を祈るのだ。

庶民には高いものが多いので、一般的には北に石、南に何か音のなるもの、西に食べ物、東に草を置くらしいが。

この東西南北に置く物は神様の好きなものを祀っているのだとか。

トリフォニアにはこういう風習はなかったので面白いなぁと思う。


祈りを捧げた後も忙しい。

家族総出で大量の料理を作るのだ。

それから休みの終わるまでの3日は親しい友人を家に招いたり、招かれたりして、その間は大量につくった料理、挨拶でもらったチーズやパンでもてなすのだ。


そんな訳で、休みに入るとバイロンさんやニールさん、ナオやアンナさん、サリーやルカにベーコンやチーズを片手に挨拶回り。

アルフレッド兄様はまだいないから、代わりと言っていいのかわからないけど、騎士団にも焼き菓子を差し入れた。


年越し当日は、専属共々サンドラさん宅で過ごす。

サンドラさん、アドルフさんは帝国での親代わりと思って欲しいと言ってくれて、年越しも一緒に過ごしてくれる。

本当に素敵なご夫婦だ。


年越し翌日は、ナオに招かれて海街に行った。

屋台の打ち上げで使った食事処で、飲んで、食べて、笑って、踊って楽しんだ。


ちなみに塩麹、甘麹はナオが責任者となって、海街の人を雇ってお店をオープンさせることになった。

屋台同様カップでの提供になるが、花あられも売るそうだ。

現在ナオは、従業員となる人材のナリス語の最終チェック中、帝国での接客方法もマニュアル化しているんだとか。


休みの最終日は、家に戻り、バイロンさん、サリー、ルカの4人でテルミス商会の決起集会……という名の宴会だ。

親しい人たちと美味しい食べ物で過ごす年越し休暇は楽しくて、あっと言う間に過ぎてしまった。


アルフレッド兄様も騎士団のみんなと年越しくらいは楽しくやっているのだろうか……

いや、仕事なのだからそんな風に遊んでいてはダメなのかもしれない。

マリウス兄様にも年越しの手紙を送ったが、未だ返信はない。

いつもすぐに返信してくれるのに、珍しい。

ドレイトで羽を伸ばして、返事を書くのを忘れているのかもしれない。

そう思っていたのだが……


**********

年明け学園に行くと、学園内は1つの話題で持ち切りだった。

「テルー!聞いた?」といの一番に駆けつけてくれたのは、私の事情も知る親友のナオだ。


「うん。聞いたわ。本当だと思う?」

信じられなくて、つい聞いてしまう。


「昨夜皇帝陛下直々に発表があったから、おそらく」


昨日は年越し休暇最後の日。

平民の私には関係がないが、貴族たちは宮殿でパーティがあった。

そこで皇帝陛下は2つのことを発表されたそうだ。

1つ、隣国トリフォニア王国で反乱があり、その原因を作ったハリスン殿下が捕縛され、責任を取って王が退位したこと。

2つ、現状ハリスン殿下以外の世継ぎはいないため、トリフォニアからの要請により、オスニエル殿下とアイリーンがトリフォニアを治めることになったこと。


オスニエル殿下とアイリーンならトリフォニア王国にとってそう悪いことにはならないだろうが、それでも何か落ち着かないのは反乱に家族が何か関わっているのではと思ったからだ。

アルフレッド兄様は今長期遠征でいない。

守秘義務のある遠征だ。

マリウス兄様も何か知っていそうだったし、お父様だって…わざわざアイリーンの結婚式の時に来る必要はなかった。

あの3人で帝国に来る必要は……なかったはずだ。

それに私が宮殿へ行く前、殿下とお父様たちは何か話し合いがされていたようだった。

それが、今回の反乱の件だったのでは?


私の知る限り、お父様もマリウス兄様もアルフレッド兄様も権力闘争には興味がない。

積極的に反乱に加担するようなタイプではない。

それなのに、なぜ?


いや、もうこの際理由なんてどうだっていい。

反乱に加わっていようと、いまいとどうだっていい。

ただ、無事が知りたいだけだ。


よほど反乱のことを考えていたのか、いつの間にか授業は終わっていた。

はやる気持ちで家に戻るとニールさんが来ていた。


「もう話は聞いた?

今回のこと僕から説明してもいいかな?」

顔がこわばっていたのか、バイロンさんがミルクティーを入れて応接室に持ってきてくれた。

ふぅっ。

少し落ち着いたところで、ニールさんが話し始める。


「その顔だと何となく察しがついているのかもしれないけど、今回の反乱のリーダーは、アイリーン様のお父様であるメンティア侯爵だよ。

侯爵の名誉のために言うけれど、最初から反乱を企んでいたわけじゃない。

アイリーン様が追放されて、アイリーン様を方々探し、その罪の真偽を調査する中でこのまま今の王族に国を統治させるわけにはいかないと思ったんだよ」


ニールさん曰く、今回の反乱の原因は昨今の王族の暴挙と統治能力の欠如だそうだ。

暴挙と言われる1つは、言わずもがなアイリーンの婚約破棄だ。

今は冤罪だったと証明されているが、冤罪でなかったとしても「いじめ」という具体的に何をしたかわからない罪で、証拠もなく、反論も許さず、法律にも法らず、王太子の一言で侯爵令嬢をパーティ会場からそのまま馬車に押し込め追放するなんて、暴挙以外何物でもない。

しかも、追放後殺害命令まで出ていたのだ。


それでも、その後がうまく行ったのなら問題視しない貴族もいただろう。

だが、アイリーンの追放後王宮は混乱した。

ハリスン殿下はもともと執務の多くをアイリーンに任せていたため、執務が滞り、なかなか終わらないことに業を煮やした殿下は、内容を深く確かめもせず、サインをするようになった。

そうするとどうなるか、賄賂による人事、公費の着服などの汚職が蔓延し、王国の国庫は少しずつ目減りした。

さらにアイリーンの追放は、優秀な人の流出にもつながった。

そりゃあそうだろう。

正当に評価されないばかりか、冤罪を擦り付けられるかもしれないのだから。

優秀な人ほど王家から距離を取った。


また、アイリーンを押しのけてその座に座ろうとしたチャーミントン男爵令嬢も王子妃に相応しいマナー、知識が圧倒的に足りておらず、殿下と共に参加したパーティでミスを連発。

近隣諸国にも王国の次世代は能無しだと烙印を押されているらしい。

そういうわけで現在王国はガタガタだ。

そんな状況に多くの貴族が王族を見限ったのだ。


「それと、テルーちゃんが危惧しているのは、ドレイト男爵が反乱に加わっていないかと言うことだろう?

うん。テルーちゃんの想像通り、ドレイト男爵は反乱軍についている。

ついているっていうよりは、今回の反乱はね、名目上のリーダーはメンティア侯爵だけど、実態はメンティア侯爵、ベントゥラ辺境伯、そしてドレイト男爵が主導なんだ。

そう。夏に帝国に来たメンバーだね」


やっぱり…

アイリーンの結婚式にあの3人が来るのは変だったのだ。

どうして気が付かなかったんだろう。


「ドレイト男爵が反乱に加わったのは、テルーちゃんを守りたかったからだと思うよ」


「え?…わたし?」


「詳しくは話さないけど、王子妃になりたがっていたチャーミントン男爵令嬢の領地チャーミントン男爵領でレアは見つかったんだよ。

ううん。レアだけじゃない。

スキル狩りで誘拐されたと思われていた人たちがそこにいた。

今回ハリスン王子が捕縛されたのは、法を無視して当時婚約者だった侯爵令嬢を追放、殺害を指示したこと、それと現在のパートナーの実家チャーミントン男爵がスキル狩りに手を出していることを知りながら黙認、奨励していたことの2つの理由がある。

どちらも罪なき人が正当な理由なく、それまでの暮らしを奪われている。

それを王太子は何とも思っていなかったのだから、そんな人を王様にしてはいけないと反乱を起こしたのも僕はわかる気がするな。

だってそうだろう?

今は無事でも、明日は自分が追放されたり、冤罪を擦り付けられたり、誘拐されたりするかもしれないのだから。

恐怖でしかないよ。

それにそんな人が王様、王妃様になったら、テルーちゃんはいつまでたっても里帰りすらできないだろう?

男爵は、テルーちゃんにいつでも帰ってこられる場所を守りたかったんじゃないかな」


お父様…

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