第113話 【閑話】メリンダ視点
「お母様!」
そう言って、屋敷から飛び出してきた少女は、私の記憶よりも随分大きく、そして活発になられたようだった。
私がお嬢様と深く付き合うようになったのは、お嬢様がスキル判定を受けてから。
それまでもお世話してきましたが、スキル判定後旦那様からライブラリアンが世間では使えないスキルと評されていることを聞くと、自分の人生を深く考えられたようで、私に勉強のスケジュールを管理してほしいとおっしゃられたのです。
怠け者だから誰かに管理されないと出来ないからと言って。
私はすぐに了承しましたが、お嬢様の立てたスケジュールを見て驚きました。
そのスケジュールには、お嬢様が今後身につけるべきと考えた事柄がびっちりで、遊ぶための時間もお茶をして休憩する時間すら入ってなかったのです。
確かにお嬢様は今まで何も勉強していませんでしたので、身につけるべきことは沢山ありました。
ですが、まだあの時お嬢様は6歳だったのです。
なんとか少し自由時間を入れて、私とお嬢様の怠け者脱出計画が始まったのです。
時間になると私はお嬢様の部屋へ行き、勉強の時間であることをお知らせする。
そして、1日の終わりにはお嬢様から今日学んだことを発表してもらう。
おかげで随分私も花の名前や各領地の特産、聖女マリアベル様や大冒険家ゴラーのことなど詳しくなったものです。
私は思っていました。
6歳なのだから、すぐにやらないと言い出すのではと。
ですが、お嬢様は止めなかった。
領内会議の時は、何か嫌なことがあったのか数日何もしない日がありましたが、元気になるとまた新たに勉強を始められました。
字を読む、簡単な算術をすることから始まったお嬢様の勉強は、どんどん難しくなっていき、地理や歴史、魔法の勉強もするようになりました。
初めて魔法陣による魔法を見た時は感動したものです。
スキル判定で判定された魔法しか使えないのが普通です。
魔法陣とはいえ、それがまだ何も使えない程のクオリティだったとは言え、お嬢様は4大魔法の全ての魔法を使えるようになったのですから。
私は思いました。
ライブラリアン。
世間では、使えない、怠惰だと評され、最低スキルと名高いスキルですが、実際にライブラリアンにあった人はいるのかと。
私はお嬢様以外に会ったことはありません。
そして、お嬢様は頑張り屋で、今4大魔法の全てを発動でき、プリンや靴などの商いも始めている。
これのどこが使えないのか。
使えないどころかすごいのだ。
全世界に言って回りたいと思いました。
私のお仕えするお嬢様は、ライブラリアンで、こんなにもすごいんですよって。
7歳の冬、お嬢様は誘拐されかけ、そのせいで帝国に逃げることになってしまいました。
怖い思いはしてないだろうか、怪我は、病気はしてないだろうか、笑っているだろうか……
心配する私にマリウス様は時折手紙の内容を教えて下さいました。
お料理をしていること、お友達ができたこと、帝都に着いたこと、学校に通い始めたこと。
お嬢様の楽しそうな様子に胸を撫で下ろしました。
そして今回、奥様がお嬢様に会いにいくというので、頼み込んで、私も帝都にやってきたのです。
一通り話が終わると、専属の2人はこれから住む家へ帰りますが、奥様と私はお嬢様の家に泊まることになりました。
夕食はなんとお嬢様が作って下さいました。
いつの間にこんなにお料理が上手になられたのでしょう。
湯浴みの用意もお嬢様が魔法を使って一瞬でして下さいました。
私がお仕えしていた頃と比べ物にならない精度です。
必死に書いていらした魔法陣もありません。
それだけで努力されたんだなとわかり、危うく目頭が熱くなりかけました。
就寝時間になり、奥様は旦那様が泊まられたというお嬢様の隣の部屋へ。
そして私は、「私の部屋が一番広いから。くつろげなかったらごめんね」というお嬢様の一言でお嬢様の部屋で寝ることになりました。
少しでもくつろげるようにという配慮かベッドの周りには衝立も立てられてました。
その日の夜私は旅の疲れからすぐに眠ってしまったのですが、お嬢様はまだ本を読んでいらっしゃるようでした。
翌朝早く、お嬢様を起こさぬよう起きた私はびっくりしました。
もうお嬢様が起きていらしたからです。
そして、もう朝ごはんの準備をされているじゃありませんか。
昨日は何も出来なかったので、今日からしっかり働こうと思っていたのに。
私は料理人ではありませんから、すごい料理は作れません。
けれど人並みに家事はできるので、今回は私1人で使用人の仕事をしなければと意気込んできたのですが…
掃除をしようにも部屋はピカピカに綺麗だし、洗濯も皿洗いもお嬢様が一瞬で終わらせてしまいます。
「メリンダ、おはよう。よく眠れたかしら?」
そういうお嬢様に私は何をしてあげられるのだろうかと思ってしまいました。
その日奥様は、新しく商会に入られたバイロンさんとギルドや顧客になりそうな貴族へ挨拶回りに行くようです。
私とお嬢様はお留守番です。
お留守番……一体私は何のために来たのでしょう。
お世話もお嬢様がしてくれ、商会の手伝いなどもちろん出来ません。
少し自己嫌悪していたところに、お嬢様が来られました。
「さて、と。
メリンダ、今から時間あるかしら?
私沢山話聞いて欲しいのよ。
2年の勉強の成果を発表しなくては!」
にっこり笑って、そう言って。
お嬢様は、習ったことや自分で考えたことを私に発表しつつ、発表の途中でさらに何かに気が付かれたようにぶつぶつと唱えていました。
「学園でね、生活魔法と言うのを習ったの。
王国にはない魔法でしょ?
ユリシーズ第2皇子殿下が考案されたというのだけど、この魔法のすごいのはスキルに関係なく、誰でも使えることなのよ。
使える魔法は、一瞬だけ火花を出すなど簡単なものなんだけど、誰でも使えるというのがすごいわよね。
習得までの時間は個人差があるみたいで、実際火花を出す魔法では火のスキルの子はすぐにできるようになって、水のスキルの子はなかなかできなかったの。
だからきっと出す魔法の種類とスキルの相性…
いえ、違うわ。
きっとそうよ。
スキルと言うから、ややこしいのだわ。
スキル…というか、属性なのよ!
そしてきっと、誰もが少しずつその属性を持っている。
うん。それなら、説明がつくわ。
うんうん。
わぁ!メリンダありがとう!すごく大事なことに気が付いた気がするわ。
いや、ちょっと待って。この理論だと私はいったい?」
私は聞いていただけなのですが、お嬢様は私に話すことでいろいろと頭の中の情報を整理されたようでした。
そのお嬢様の仮説によると、4大魔法と呼ばれるスキルは、実はスキルというより魔法属性を表すもので、誰もがこの4属性の属性を持っているのだとか。
ただしその属性の高さは人によってまちまちで、どの属性もバランスよく持っている人もいれば、どれか1つだけとびぬけて高い人もいる。
だからこそ、初歩的な魔法である生活魔法は、訓練次第で誰もが魔法が使えるのではないかとのことでした。
「しかし、お嬢様それでは聖魔法や緑魔法というのはどうなるのでしょう」そう問えば、またすぐに驚くべき答えが返ってきました。
「聖魔法と緑魔法は、付与魔法の1種だと思っているの。
いろいろと付与魔法について学んだけれど、現在聖魔法や緑魔法と呼ばれる魔法に相当する魔法陣には、いつも4属性すべてが含まれていたわ。
だからきっと、聖魔法使い、緑魔法使いは、属性の高い低いは人によって違うのでしょうけれど、4属性をバランスよく持っている人ではないかしら。
ということは、今のスキル鑑定具は、4属性を同じだけ持っているか、持っている属性のうち1番高い属性しか感知できないから、持っている属性をすべて感知できるものがあるといいのだけど。
でも、それならやっぱりライブラリアンの説明がつかない……」
だんだん私にはわからない話も出てきましたが、お嬢様の仮説は、お嬢様自身のスキルによって行き詰まりになっているようでした。
私は席を立ち、チャイを入れます。
お嬢様の住むこの家は、台所も丸見えですが、こうやって部屋を離れずともお茶を用意して差し上げられるのがいいです。
「ふふふ。お嬢様、煮詰まった時は一度休憩にしましょう」
「ふゎぁ。ありがとう。
やっぱり、メリンダのいれるチャイが一番美味しい。
2年生は試験に受かったら、魔法研究所の研究助手になれるの。
私、さっきメリンダに話したことが正しいのか、私のスキルっていったい何なのか調べたいから、研究助手になれるよう頑張るわ!
今日はありがとう」
そう言って笑います。
良かった。
私にもお嬢様にしてあげられることがありました。
滞在期間中は、お嬢様の話をたくさん聞くことにしました。
数日滞在して気づいたのですが、お嬢様はとても忙しい。
私たちが来ているので、その間に商会関係のことが忙しいのはわかります。
平日は学園に通われ、その後課題と自分で勉強している分野の勉強が加わります。
お仕えしていた頃も、次は算術、その次は歴史、孤児院に通って、護身術をして…と勉学に忙しいお嬢様でしたけれど、変わっておられないようです。
少しでも休んで欲しいと、私はお嬢様の好きなチャイを何度も差し入れしました。
帰国も迫った休みの日、お嬢様の大好きな海街というところに連れて行ってくれました。
せっかくのお出かけですので、お嬢様のお支度も手伝います。
2年前私が切った髪は、元通りとはいかないまでもだいぶ長くなっていました。
お体も大きくなりましたし、新しい商品も考えられていたようですし、魔法もお上手になられて、家事もできるようになられて、学園の成績も良いと聞きました。
何とご立派になられたことでしょう。
でも何より嬉しいのは、お嬢様が楽しそうなことです。
怠け者を脱出しようとスケジュールを立てた頃、やりたいことがないとおっしゃられていたお嬢様。
今は直近の目標とはいえ、研究助手になって魔法について調べたいという。
本当……たった2年でこんなにも大きくなられて。
お嬢様。
優しくて、頑張りすぎるお嬢様。
どうかお嬢様の幸せも大事にしてくださいね。
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