第112話
紅葉した葉も散り始め、冬の足音が聞こえるようになった。
私の毎日は相変わらず平凡だ。
毎日学園に行き、週に1度バンフィールド先生の助手として働く。
課外授業の後から、クリス様と大抵クリス様と一緒にいるイライアス皇子と、会えば挨拶して軽く世間話をする仲になった。
課外授業の時、女子の恐ろしさを知ったので、人気者の2人から話しかけられるのはごめん被りたかったけれど、意外にも睨まれたり、影口を言われたりすることはなかった。
多分9歳という年齢からか、化粧っ気のない風貌からか無害だと判定されたのだと思う。
いつも週末はアルフレッド兄様と魔法の訓練をしているのだけど、今はお休みだ。
アルフレッド兄様は騎士団の中でも強いらしく、入団したばかりだというのに、「若手のホープ」と目されているらしい。(騎士団の受付のお姉さん曰く)
だからなのか今回長期遠征に行く人員に入っていたのだ。
どこに行って、何をするのかは守秘義務で話せないらしいが、実力を認められているようで嬉しいと喜んでいた。
喜んでいた兄様を前に、暗い顔は見せられず、「よかったね。気をつけていってきてね」と言ったけれど、内心すごく心配だ。
数か月で終わるはずと言っていたけれど…怪我とかしてないかな?
アルフレッド兄様が仕事に行ってからは、私もふとした瞬間に不安が押し寄せてくるので、最近はいつも以上に勉強に力を入れている。
今読んでいるのは、「世界を変えた魔導具」だ。
鑑定スキルの人が薬の鑑定魔導具を作ったと聞き、興味が湧き、勉強している。
それに何より集中していると、不安もどこかに行くからいい。
お父様やお母様、兄様たちも私が帝国へ逃げている間こんな気持ちでいたのかしら…
アルフレッド兄様は無事だろうかという不安はずっとあるものの、楽しかったこともある。
なんと王国からお母様と専属2人が来てくれたのだ。
私が家を離れてから、専属の2人は今まで通り料理や靴づくりの修行をしつつ、ナリス語も勉強し、さらにドレイト領で自分たちの代わりとなる人材育成もしていた。
それがようやくひと段落したということで、なんだかんだ実務を取り仕切っているお母さまと一緒にやってきたのだ。
ちなみにお母様の付き人としてメリンダも来てくれた。
もちろんそれは、自惚れでなければ、私に会うためだ…と思う。
もう1、2か月したら冬の社交が始まるので、お母様とメリンダはそれまでに帰らねばならないが、もともと家を出た時にはもうお父様ともお母様とも、誰とも会えなくなるものだと思っていたから、とても嬉しい。
ドレイト領では、私が引き継ぎ書に残していた新商品の開発も終わり、アレンジプリンに関してはすでに売り出しているらしい。
そこで着いて早々、試食会となったのだ。
屋台の時いろいろと意見をもらっていたからバイロンさんも一緒に呼んだのだけど…まさかこうなるとは。
「こ、これは!!!
テルーちゃん!これ、プリンじゃない?
え?僕が食べたのと色が違う。
これ本当に食べていいんですか?
うん。美味い!
え?でも、どうして?ここに?」
大興奮のバイロンさんを宥めて話を聞くと、なんと出会った頃バイロンさんが王国へ行っていたのは、王国の新しい菓子プリンの噂の実態を確かめる為だった。
あちこち回って、やっと実食できたものの入手先を特定する前に資金が足りなくなり、一度戻ってきている途中で私たちに会ったらしい。
今ももう1度王国へ行くために資金をためている最中だったという。
私がそのプリンを売ってるテルミス商会のオーナーと言えば、驚き、項垂れていた。
「テルーちゃんがオーナーだったのか…
灯台下暗し。
そうだよね。
商会持ってるって言ってたもんね。
あぁ~あの時、何を売ってるか聞いておけば!!
テルーちゃん!
俺にこのプリン売らせてくれないかな?
プリンに出会って、本当にこれを売りたいって思ったんだ。
お願いします!」
お母様はお父様からバイロンさんのことを聞いていて、もともとこちらに引き込もうと思っていたようで、トントン拍子で話が進み、バイロンさんはテルミス商会の帝都支部長になったようだ。
ちなみにパイはサクサクで完璧に再現できていた。
最初は砂糖を振りかけただけのパイで始めるが、その後従業員も増えたらアップルパイとかカラバッサのパイとかできるといいな。
お店で売るわけではないが、パイシチューも食べたい。
驚いたことにルカは、私の不在の間に冒険者にもなっていた。
なぜ?と思って問えば、すべては私が言った調整パッドのせいだった。
最初は木や土でパッドを作ったらしいが、もちろん木や土は堅い。
綿でも作ってみたが、すぐにヘタってしまう。
私の要望は、柔らかい素材で、靴にくっつくことだ。
それで、仕方なく自ら近くの森へ入り、いろんな素材を採集して実験して作ったらしい。
結果、綿にスライムを溶かしたものを練りこみ、ラーナと呼ばれる木の樹液を塗った布で包むことで完成したのだとか。
ラーナの樹液に至るまでも、並々ならぬ苦労があったようだ。
ただの布だと時間とともにスライムがにじみだしてしまうし、他の素材を使っても、スライムがにじみだしてしまったり、布も硬くなってしまったりで実用できるものがなかなかできなかったのだ。
やっと出会ったラーナは、塗ることで防水の膜が張り、それでいて布自体の動きも阻害しない最高の素材なのだとルカが熱弁ふるっていた。
大変なことを言いつけてごめんね。ルカ。
道理で強そうになってると思った。
「お母様。
実は私も報告があるのです。
帝国には王国にない物が沢山あって、その中でもシャンギーラの物にすっかり入れ込んでいるの。
それで、シャンギーラの商品を使って、実は売りたい商品を作ってみました。
お菓子の後で申し訳ないのだけど、食べてくれないかな?」
皆に甘麴ミルクを振舞いつつ、2種類の肉を取り出して、焼く。
「これは普通のお肉。
こっちは私が作った調味料に漬け込んだお肉です。
比較しやすいように、味付けは同じように塩とピミエンタだけにしますね。」
こういう時、オープンキッチンは便利だな。
「どうぞ。食べてみて。まずは普通のお肉から。」
皆がもぐもぐ食べている。
「では、次はこっちを。」
!!!
「美味しい。それに柔らかいわ。」
私が作ったのは、塩こうじ。
麹があるなら、絶対作らなきゃ損な調味料だ。
母様も、バイロンさんも、サリーも食いつきがよく、作り方や素材、使用方法などを話すとすぐ売り出すことが決まった。
「料理人でなくても、これに漬け込むだけでこれだけ美味しいお肉が食べられるのです。
きっとこれは売れるでしょう。
ただ、今の人材では手が回らないわね。
作り方もそう難しいわけではありませんから、手に入る利益は少なくなりますが、フロアワイパーのように特許だけ得て、ロイヤリティで稼ぐのがいいのではないかしら。
バイロンさんはどう思います?」
「フロアワイパー?
その商品の話も後程しっかり聞きたいですが、そうですね…奥様と同意見です。
人を雇って拡大することもできますが、菓子、靴とすでに2事業抱えていますから、そちらの2事業で人を育てる方が急務です。
こちらは別の人にお願いするのが良いと思います。」
「だったら!海街の人にお願いできないかしら?
元々彼らの商品のアレンジですし。」
そういうとバイロンさんがにっこり笑った。
「そうだね。
ナオミさんに相談してみましょう。
きっと大丈夫ですよ。」
以前ナオにシャンギーラの商品を売りたいと言って断られた時のことを言っているのだろう。
少しでも海街のためになるといいなと思う。
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