第111話

「いった…」


初めて知った。

悪意がないから、落下による衝撃は守られないのか。

それでも死んでいないのは、落ちながらクリス様が私の手を掴み、もう片方の手で崖に這う蔦を掴んでくれたからだ。

すぐにちぎれたけれど、そのおかげで落下スピードが若干遅くなったし、一番下ではなく崖の中腹くらいにあるわずかなスペースに着地できたのだ。

上を見あげても崖の上は見えない。


はっ!クリス様!!

振り向くと、クリス様が倒れていた。

血の気が引いた。

クリス様はお腹から、頭から血を流していたからだ。


急いで、魔力で蓋をする。

そして魔力感知でまだクリス様が生きているのを確認しながら、回復をかける。

ヴィダ


気休めかもしれないが、聖魔法は付与魔法。

何かに付与した方が効果があるのでは?と思い、赤いポシェットの中をあさる。

えっと…ヴィダを付与した傷薬があったはず…と思ったところで、もう1つの物を見つけた。

あ、ヤローナ草。

ポーションづくりするかもしれないからカラヴィン山脈で採集したの取っていたんだった。

少しは効果があるかもしれない。

ヴィダを付与して葉っぱの部分をお腹と頭に乗せる。

その上からがんがん魔力を使って、魔力押しで回復をかける。


よかった。

弱弱しかった魔力が少し強くなった。

まだ傷はあるが。


2、3つ魔力を感知する。

もう!こんな時に!


守護プロテクシオン

結界を維持しながら、回復に集中する。

顔からぽたり汗が流れた。


私が魔法を使えることを隠していたから、クリス様は怪我してしまったのだ。

私が最初から結界を張っていることを知っていれば…

こんな無茶はなさらなかっただろう。


「ごめんなさい」


「うっ。君が謝ることはない。」


「クリス様!?まだ動いてはダメです。

いっぱい血が出ていたのですから!」


「本物…だったんだな。」


さらにしばらく回復をかけていると、クリス様が私の後ろを見て飛び上がった。

「下がれ!ウィンド…「大丈夫です!結界を張っています。モースリーはここに入ってこれませんから!」」

私の後ろには、モースリーがさらに増えていた。


「ライブラリアンとは、普通聖魔法が使えるものなのか?」


「…練習しました。

隠しているので他言しないでもらえると助かります。」


「わかった。」


確認を取ってクリス様の怪我を見る。

傷跡はあるけれどやっと傷もふさがったし、回復をかけずとも徐々に魔力が回復しているので、もう大丈夫だろう。

はぁ~疲れた。


「すみません。

まだ傷跡はあるのですが、ちょっと疲れました。

また魔力回復してかけます。」


「いやもう動けるし、大丈夫だ。

ありがとう。」


せめてもと思い、クリス様にヴィダを付与した傷薬をあげる。

「これも一応内緒にしてくださいね。」


動けるようになったクリス様の動きは早かった。

結界の外に出ると、一撃でモースリーの群れを撃退し、狼煙を上げる。

あぁ。緊急用の狼煙…思いつかなかった。


「君こそSクラスになったほうがいいかもしれないね。」


「え?どういうことですか?」


「Sクラスは特別だって知ってる?

試験で筆記、実技共に基準値上回るともう1つ試験を受けるんだ。

それは個人の魔法レベルを測るものだ。

そこで他の学生とは一線を画すと判断されれば、Sクラスになれる。

筆記試験は誰もが勉強次第で高得点を取る可能性があるが、魔法は魔力量やスキルによってできることが違うからね。

だからこそA〜Cクラスでは、誰もが身につけるべき基礎からみっちりだ。

そんな基礎をすっ飛ばしても問題ないほどの練度がある者がSクラスというわけさ。

Sクラスの教室は、1年から3年までの学生が共通で使い、お互いの知識を教え合い、切磋琢磨しているんだ。

座学も筆記試験がほぼ満点合格の人ばかりだから、習う内容も自ずとレベルが違う。

君は、いじめを危惧して隠してるんだろう?

優秀だからといじめる人は大抵優秀じゃない者だ。

だからさっさと飛びぬけるといいと思うよ。」


Sクラスに興味はある。

でもやっぱり、全部を明らかにするのはちょっと勇気がいるな。


ゴゴゴゴゴゴゴ

え?

地面が揺れだした。

「テルーちゃんこっちに。」


クリス様の近くによるとそのまま私たちの足元がせりあがっていく。

「うわゎあぁぁ」


あっと言う間に崖の上まで戻ってきた。

「テルー!

よかった…よかったぁ。」

ナオが抱き着いてくる。


「よかった!ナオも無事だったんだ!」

そこにはヒュー先生とジェイムス様達に絡まれた時に助けてくれた前髪の長いユリウスさんがいた。

興味深そうにクリス様を見ている。

目が合うと、にっこり笑われた。

心の中では「またお前か!」って思ってんだろうな。


「クリス!刺されたと聞いたが、大丈夫か?」


「ポーションを持ってきていたので、この通り傷はふさがりました。

動けますし、あとで医師に診てもらえれば大丈夫かと。」


クリス様は律義に約束を守ってくれている。

黙ってくれとお願いしてから、治った傷のことをどう説明しようか悩んでいたのだが、ポーションのおかげということにしたらしい。

確かに。

普段ポーション使わないから思いつかなかった。


その後すぐ下山し、怪我をしたクリス様はもちろん、一緒に落下した私、私と一緒にアグネス様集団から攻撃を受けていたナオも、バタフリアの幻覚パウダーを浴びた女子たちもみんなまとめて医務室送りになった。

クリス様は聖魔法を受け、傷跡もすっかりなくなり、ナオは細かい傷ばかりだったので傷薬で処置され、女子たちはおそらく大丈夫だが、念のため数日自宅療養となった。


アグネス様は心の深いところまで幻覚が根付いているらしく、すぐに治ることはないそうだ。

「多分心が弱かったの。

時々いるのよ。

幻覚を見て、正気に戻ってもそれが信じられない人が。

もともと持っていた負の感情が幻覚でより一層強く、正しいものになったのね。

だから幻覚が解けても心が現実を拒絶するの。

体から幻覚パウダーはもう抜けているから、これは聖魔法でも治せないわ。」


アグネス様は私たちのこと…それほど嫌いだったのだろうか。


そして私はと言うと、崖から落ちたにもかかわらず怪我がないことに驚かれた。

落ちた時は痛かったし、怪我をしたはずだからきっとペルラのおかげなのだろうと私はすぐに分かったが、「クリス様のポーションを少し頂いたので」で済ませた。


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