第110話

今日は初めての課外授業だ。

1年生全員参加で帝都近郊の山へ出かける。

ここは危険度が低い小さな山で、出没する魔物もランクD~Eばかりだ。

稀にCランクの魔物もいるらしいが…

今回はここで薬草を採取しつつ、出会った魔物と戦うのが目的だ。


すべての班のレベルがおおむね同じになるようにか、クラスの垣根を越えて班組がされている。

私は…2班か。


「あ、ナオ!何班だった?」


「2班だったわ。テルーは?」


「わぁ!一緒!よかった!」


2班の集合場所にたどり着くと、1人の男の子に人が群がっていた。

なんだ?

あ、アグネス様もいる。

久しぶりだなぁ。


「私、アグネスといいます!

クリス様と同じ班で心強いです~!」


わぁ。アグネス様すごい。押しが強い。

彼はクリス・シティズナー伯爵令息。

イライアス皇子の側近候補と言われる方で、Sクラスだ。


「あぁ。クリス様と同じ班になっちゃったのね。」


「クリス様人気があるんですねぇ。」


「そうね。」


そんな風にクリス様を中心にした輪の外でのんびり話していたら、クリス様が気付いた。


「君たちも2班かい?

僕はクリス。

スキルは風だよ。

君たちは?」


「ナオミです。スキルは水。よろしく。」


「テルーです。スキルはライブラリアンです。

よろしくお願いいたします。」


「あぁ君が実技1位のテルーか。

ライブラリアン?珍しいね。

薬草図鑑も読める?

わからない薬草があったら君に聞こうかな。

ナオミさんも筆記のランキングに載っていたよね?

二人とも優秀なんだね。よろしく。」


「はい。『植物大全』に大抵の植物は載っているので、わかると思います。」


「頼もしいな。

僕は腕は多少立つから魔物は任せてくれ。

テルーちゃん、ナオミさん今日はよろしくね。」


にっこり笑って、そんなことを言ってくれるクリス様。

多分スキル的に非戦闘員で、見た目的にも戦力不足の私を気遣って薬草調査係をお願いしてくれたんだろうな。

明るく、気遣いが出来て、優秀。

そりゃ人気なはずだ。


私たちの班は、満場一致でクリス様がリーダーになった。

ヒュー先生から緊急時の狼煙をもらい、出発する。


山を登る。

冬に山越えしたカラヴィン山脈と違って、青々とした緑豊かな山。

これくらいなら私も登れそう。

クリス様を先頭に薬草を探しながら頂上を目指す。


「クリス様!見てください。

これ薬草ではないですか?」

「本当だね。テルーちゃんに確認してもらえる?」


「クリス様、学校がお休みの時は何してらっしゃるんですか?」

「ん~。勉強かな。」


「クリス様!聞いてください。」

「クリス様!今度良かったら…」


…クリス様大変だな。

私とナオはと言うと、クリス様集団の後ろについてのんびりまったり歩いている。


クリス様と一緒の班でよかったかもしれない。

みんながクリス様に群がるので、歩くペースがゆっくりなのだ。


「これはこの間授業で習ったヤローナ草じゃない?」

「あ、本当だ。採集しよう」


あ、私引き抜けるかな?

ヤローナ草は根ごと使う薬草だ。

カラヴィン山脈では地魔法を使って、土を柔らかくしても尻もちついたんだよね。

魔法を使わずに引き抜いてみる。


んー!!!うぐぐぐ…

抜けない。


「テルーちゃん貸して。

ヤローナ草よく見つけたね。

気が付かなかったよ。

採集は僕たちに任せて。

ナオミさんも休んでて、抜くの大変でしょ?」


見ると前を歩いていたクリス様と他の男子学生たちが戻ってきていた。

あっという間に抜き終わり、また頂上を目指す。

抜くのは大変なのに、みんな疲れた様子はない。


対する私はへとへとだ。

カラヴィン山脈を越えたのだから、結構体力ついたと思っていたけれど、ロバに乗ってばかりだったからなぁ。

どんどん足取りが重くなる私を、ナオは横で付き添ってくれる。


「ここらへんで一度休憩を取ろう!」

クリス様の一声で、休憩を取ることになった。

ありがたい。


クリス様自身は疲れていないのか、他のメンバー一人一人に声をかけ体調を気遣っている。

「ナオミさん大丈夫ですか?」


「えぇ。」


「テルーちゃんも大丈夫?」


「ふー。はい…なんとか大丈夫です。」


大丈夫と言いつつ全然大丈夫そうでない私の姿を見て苦笑するクリス様。

「僕からは人が多くて見えないこともあるから、無理せず辛かったら声かけてね。」


確かに、周りに人がいっぱいいたらこっちまで見えないよね。

「そうですわね。

心遣いありがとうございます。

けれど、あちらにクリス様を待ってる人が沢山いるみたいですよ。」


「はぁ。ナオミさん…もう少し気づかないふりしていただけませんか。

僕にも休憩が必要なんですよ。」


クリス様の背後を見ると、こっちをにらんでいる女子の皆様がいた。

怖い!


その後も薬草を見つけては採集し、休憩し、また歩き…

3回目の休憩を迎えた。

魔物にはまだ出会ってない。

だからちょっと気が抜けていたのかもしれない。


クリス様と2人の男子学生は休憩中あたりに危険がないか見回りに行った。


「ちょっといい加減にしてもらえる?」

気づけばアグネス様を筆頭にグループの女子生徒が私たちににじり寄っていた。


「何のことでしょう?」


「Aクラスだが、なんだか知らないけどね!

クリス様にまで色目使ってんじゃないわよ!」


「そうよ…なんであんたみたいな…」

「平民のくせに…」


クリス様に色目など使ってない。

私も、もちろんナオも。


風刃ウィンドカッター

突然一人の子が攻撃を仕掛けてくる。

な、なに!?

グイっとナオが引っ張ってくれたから何も攻撃は当たっていない。

でも、急に攻撃されるなんて…

それになんだか異様な感じだ。


「行くわよ!

今あの子たちに言葉が通じると思えない!」

そうナオに言われて、一緒に逃げる。


はぁっはぁっ。

正直どこを走っているかわからない。

けれど、ナオに手を引かれながらとにかく足を動かす。

!!!

無情にも行きついた先は崖だった。


「ほら、クリス様をこちらに渡しなさい。

クリス様だって嫌がっているでしょう?」


え?なに言っているの?

今ここにクリス様なんていないじゃない。


どうしたものか。

魔法を使わないようにしようと思っていたけれど…そんなこと言っている場合じゃないよね?


守護プロテクシオン

さりげなくナオと私に結界は張ってみる。

とりあえずこれで身の安全は確保できた。


「テルー、ギリギリまで手を出してはだめよ。

この場に誰も目撃者がいないのだから、私たちの非になるわ。」


そうよね。でも…


「あぁ!なんてひどいの!

クリス様!今助けますわ!」

そういうとある女の子はまた魔法を繰り出し、またある女の子は短剣を握り向かってくる。

ひら…


何か視界の端に映る。

気になって、魔力感知をすれば1、2、3…あれ?2つ多い。

「ナオ、私たち以外に何かいるわ。」


魔法は消失魔法で打ち消してみた。

短剣の子は結界に阻まれ、剣を取り落としてしまう。

それでも彼女たちは向かってくる。


ひらり…ひら…

あ、まただ。

いた!


「バタフリアよ!アグネス様の上!」


「Cランクじゃない!ついてない!」


結界を解かないと攻撃できないが、結界を解くとアグネス様達から攻撃を受ける。

「バタフリアは任せて!」

そうナオが言うので、急いで結界を解除し、あっちこっちから飛んでくる魔法を消すことに専念する。


水球ウォーターボール


何度か攻撃するも、相手はひらりひらりとかわしていく。

そしてようやく…命中だ!

当たったバタフリアは空から落ちてくる。

「やった!」


風刃ウィンドカッター

え?なんで?

「テルー!危ない!」


そう思ったけれど、護身用ネックレスのおかげで魔法は私に当たった瞬間に消えていいた。

「テルー!大丈夫?」


「大丈夫。でも…なんで?

あ、もしかしてもう1匹いるの?」


そうして魔力感知するとさらに4つ増えていた。

そしてその4つの魔力はもうすぐそばまで来ていて、その4つの魔力にふらふら近寄る1つ。

アグネス様達のうち1人はもう魔力がほとんどないのか、膝をつき、憎々しげにこちらをにらんでいるが、他の子たちはまだ臨戦態勢で、じわじわこちらににじり寄ってくる。

ということは…


「クリス様!

気をつけてください!バタフリアです!!!」


Sクラスのクリス様が敵になったら最悪だ。

そう思ってやっと視界の端に映ったクリス様に声をかける。

その言葉が引き金になったようで、「お前ごときがクリス様に話しかけるなんてぇぇぇ!」と短剣を振り回し、魔法を打ってくる。


守護プロテクシオン

間に合った。


もうアグネス様達と私たちの距離はもうほとんどなく、後ろは崖であとはない。

カラン、カラン。

短剣が地に落ちる。


「私ったら…いったい!?」

「あれ?クリス様が…いない?」

皆が正気を取り戻したことで、バタフリアの討伐が完了したことが分かった。

よかった。

クリス様が敵にならなくて…


「ナオミさん、テルーちゃん、大丈夫?

何があったか聞いてもいいかい?」

クリス様達と合流し、経緯を話す。

攻撃してきた女の子たちによると、最初は身分が違うのだから軽々しくクリス様に話さないよう注意しに行こうと思ったらしいのだが、私たちが逃げる直前から私たちが無理やり嫌がるクリス様を引き連れていたように見えており、何とかして助けなければと思ったとのこと。

攻撃したこと自体は覚えているらしく、顔を真っ青にしていた。


「バタフリアは幻覚を見せる魔物だ。

詳しいことはわかっていないが、直前に経験したことや、心に深く残っていることに関する幻覚を見るといわれている。

君たちは今日僕とよく話していたから、そんな幻覚を見たんだろう。

罰則などは先生方が決めることでわからないが、今回は魔物のせいということもあるから、悪くならないと思うよ。

こんなことがあったんだ。

もう少し上る予定だったが、僕たちの班はこれから下山しよう。

いや…立てない子もいるようだし、のろしを上げて救助を待とうか。

ナオミさん、テルーちゃんも無事でよかった…」


皆でこれからのことを話していると、アグネス様が一人ぶつぶつ言っているのに気が付いた。

そしてその手元が光ったのも。

「目障りだわ。姑息な手で…」


「ナオ!危ない!」

とっさにナオを突き飛ばすと、次の瞬間目の前が暗くなる。


「うっ!」

「クリス様!?」

刺されたところが悪かったのかふらっと後ろに倒れたクリス様を私が支えられるはずもなく、そのまま二人宙に放り出された。


「テルー!テルーー!!!」

焦って手を伸ばすナオの顔と男の子たちに取り押さえられながら高笑いしているアグネス様、幻覚が解けたばかりでぽかんとしている女子たちを私はやけにゆっくり見つめていた。

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