第106話

目が覚めると、白い天井が見えた。

いつの間にベッドに来たのかしら?

どれだけの時間が経ったかわからないが、寝ていた分魔力も少し回復した。


それでもかなり魔力を使ったのは事実なので、何か口にしたほうがよさそう。

そう思い、ベッドを降り、ドアを開ける。


「ひゃっ!」


ドアを開けたら、まるで護衛のようにアルフレッド兄様が立っていた。

び、びっくりしたぁ。

いつも一人だから、ドア開けたら誰かいるなんて思わない。


「テルミス!大丈夫か!?

怪我は?

何があった?」


「え?」


とりあえず二人でキッチンに向かい、甘麹ミルクを飲む。

あぁ…これも魔力回復の時にいいなぁ。

美味しい。


そうして一息ついて、私の体調も戻ったところで兄様の尋問が始まる。

そして、倒れた原因が魔法の実験をしていたからということがわかり、今盛大に兄様に怒られているところだ。


「テルミス、何でそんなためらいもなく魔力を極限まで使うんだ。

ちょっと疲れたなというところでやめないと危ないだろう。

今回はたまたま俺がタイミングよく訪ねてきたからよかったものの、誰も気づかなかったらどうなっていた事か。

テルミス!大事な話をしてるんだぞ。

よく聞きな…」


アルフレッド兄様こんな風に叱る人だったのか。

これも初めて知ったな。


「はぁ。心配したんだぞ。

部屋のドアがドンと鳴ってから、何度ベルを鳴らしても、声を張り上げても、中から物音ひとつ聞こえなくなって。

嫌な予感がしてドアを蹴り破ってみれば、ここでお前は倒れているし。

また誘拐されそうになったのかと焦った…」


「兄様…

助けてくれてありがとうございました。

あと、あの…心配かけてすみませんでした。」


兄様によると私は1日眠っていたらしい。

それを聞いた私はというと、今回は早かったな、それじゃあ大したことなかったな…なんて思ったのだけど、こんなに心配して怒ってくれる兄様を前に言えるわけがない。

誘拐されかけた時もスタンピードの時も3日かかったものね。


「次から新しい魔法の練習は、俺がいる時にしてくれ。

わかったな。

それで、どんな魔法の勉強していたんだ?」


「消失魔法という魔法です。

火には火魔法、水には水魔法、風には風魔法、土には土魔法をかけ、その魔法をかけた対象の内側へ内側へと押し込めるんです。

それ以上押し込めようがなくなったら、消える…そういう魔法らしいのです。」


「なるほど…」

そう言って兄様は顎に手を当て何やら思案し、徐に立ち上がったかと思うと、甘麹ミルクと水を持ってきた。

そして水を少し机にこぼすと、その水に手をかざす。

少しためらうように考えて、つぶやく。


消える水バニッシュウォーター


少し零した水は、あっという間に減っていき、最終的に消えてなくなった。

アルフレッド兄様!1発で!?


「確かに、これは中々疲れるなぁ。」

そう言って甘麹ミルクを飲む兄様。


「1度で成功させちゃうんだもの。

全然その言葉信用できないわ。」


その後私が倒れた原因である空気中の水分を抜く作業を兄様もやってみたのだけど、空気中に水分があるというのがいまいちピンとこないようで、その日はできないままだった。

うん。これもすぐできるようになられちゃ私の立つ瀬がない。

まぁ…あまり遠くない未来にできるようになっているのだろうけれど。


翌日から兄様に付き合ってもらって、瓶の中の湿気を抜く練習をした。

倒れる前に兄様によって強制終了させられ、甘麴ミルクを飲む。

そんなことを何度か繰り返し、倒れることなくある程度まとめて湿気を消すことが出来るようになった。

その翌日はさらにコツをつかんだようで、瓶内の湿気1割を消すことが出来るようになった。

これだけ出来るようになれば、お土産用花あられの湿気対策は十分かと思い、商品に消失魔法を2度掛けしていく。

数をこなすうちに1度に2割の湿気を消せるようになったので、もっと訓練すればさらに多くの対象(水の粒)を一度に扱えるようになるかもしれない。


そんなこんなでお土産用の花あられの準備も出来、建国祭3日前になった。

そう今日から3日間花あられと串餅を売りに売りまくるのだ。

ナオも私も本当に売れるのだろうかという不安はあった。

そんな不安も昼には吹っ飛んでいた。


匂いで釣る作戦が大成功だったのだ。

オープンした時は、遠巻きに見ながら通り過ぎるだけだった人々が、たれを塗った串餅を焼きだすと足を止め、ぽつり、ぽつりと買う人が出てきて、「ん~美味しい!」なんて声をあげてくれるものだから、なんだ?なんだ?と物珍しさに惹かれてどんどん人が寄ってきて、串餅を焼くスピードが間に合わなかったほど。

串餅が焼きあがるのを待つ間に…と花あられを買ってくれる人もいて、ロゴ入りのそのカップを持ったまま他の屋台を見にあっちへこっちへ拡散したため、「あーさっきの子が持ってた可愛いカップのお店見つけた~!」とまたどこからか人がやってきた。


人が集まり、目立ってしまったのか昼頃「なんだ、あれ海の民の店じゃねーか」という大きな声が聞こえた。

目を向けると、ちょっと嫌な感じの男がなにやらぶつぶつ悪態をつきながら、こっちに向かってくる。

ロゴがシャンギーラを想起させる絵だからか、黒髪黒目のナオがいるからか…隠すつもりはなかったけれど、トラブルは嫌だな。

隣でナオも身を固くしている。


「大丈夫ですよ」

固くなる二人に柔らかく声をかけてくれたのは、バイロンさんだった。

バイロンさんが目を向ける先を見ると、騎士様が歩いてきていた。

反対側にも目を向けるので、つられて反対をむくとそちらからも騎士様が巡回中で、人だかりで気づかなかったが、ここら辺は騎士様の巡回コースだったようだ。


男もそれに気づいたのか、こっちにまっすぐ向かっていた足をくるりと向け、雑踏に紛れてどっかへ行ってしまった。

騎士様の抑止力すごい。


「テルーちゃんのお父様に感謝だね。」


「はい。」


騎士様たちは巡回だけでなく、交代でとる休憩時間中には買いにも来てくれた。

巡回中に串餅の香りで食べたくて仕方なくなったらしい。


「串餅2つと土産用の花あられを3つ頼む」

そんな中買いに来た2人に私は目が点になった。

オスニエル殿下とアイリーンだ。

二人ともお忍びの格好はしているが…誰かに買いに行かせるって言ってなかった?


「こんなに人気では海街の方に足を延ばした人も多いだろうな」


「ええ。そうだと嬉しいです。

海街でも今日から新メニューのチャーハン食べられますし、よかったら足を伸ばしてみて下さい。」


シャンギーラがあまり馴染めてないのを気にしてたから、今回この屋台の人気に殿下は満足気だ。

アイリーンもニコニコで「またね〜!」なんて言って去っていった。

新婚さんは幸せそうだ。


それから3日間、私たちは串餅も花あられも売りまくった。

2日目には準備していた分を売り切ってしまったので、慌てて最終日の分を生産したくらい。

ナオをナンパする人も続出したけど、その都度手伝いに来てくれたアルフレッド兄様とバイロンさんで追い払ってた。

多分この脅威的な売り上げは、ナオの看板娘パワーもあると思う。


海街の方も人が流れたようで、花あられの原料である緑とピンクの餅もよく売れたし、醤油や味噌などの調味料もよく売れたらしい。

何より食事処で提供しているチャーハンは、話題になって2日目からは長蛇の列になったとか。


今は海街の食事処で屋台に関わってくれたみんなと打ち上げ中。

大人たちは飲めよ歌えよ踊れよの大騒ぎ。

私もジュース飲んで、一緒に手を叩いて、大きな声で笑って、ナオの手を取って下手なステップ踏みながら大騒ぎだ。

よかった。屋台ができて。

大変だったけど、すごく楽しかった。


こうして私の帝国での夏は過ぎていった。

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