第105話

アルフレッド兄様と私は、護衛たちと一緒に帝都に帰る。


「アルフレッド兄様?

なぜ残っているのですか?」


「妹が心配で残った…ではダメかな?」


ダメかな?と言う時点で、きっと違う理由なのだろう。


あ…無理にお父様に頼まれた…?

「アルフレッド兄様、私は一人でも大丈夫です。

今すぐ引き返せば、船にも間に合うかもしれません。

お父様には私から伝えるので…「ちょっと待って。少し落ち着こう。」」


少し落ち着いたところで、優しい尋問に会い、父様から無理に頼まれて迷惑ではないかと聞いたところ、逆に叱られてしまった。

ベルン様はそんなことする人じゃないだろうって。

確かに。

父様は相手の都合も考えず、命令するようなタイプじゃなかったと反省した。

それなら、なぜ?と思い、じっと兄様を見つめる。


「はぁーー。

俺は元々帝国出身なんだよ。

ニールのところで住んでいたこともある。

テルミスがこっちに来たのはきっかけではあったけれど、俺も一度は帰らないといけないと思ってたから、気にしないで。」


私そういえば、アルフレッド兄様のこと何も知らないんだな。

領内一の強さで、マリウス兄様の友達で、魔力操作が上手で、マリウス兄様や私を本当の兄弟のように大事にしてくれる以外何一つ知らなかったことに気付いた。

多分この話はこれで終わりだ。

でもいつか話してくれると嬉しいと思う。


一度は帰らないとと言うことは、きっとまたドレイトに帰るのだろう。

いつまでいるの?と聞かなかったのは、せっかく薄れた寂しさが戻ってきそうな気がしたからだ。

いつまでかはわからないけれど、まだしばらくアルフレッド兄様がいる。

それが嬉しかった。


帝都に帰ってきた。

建国祭まであと少しだ。

バイロンさんとナオと最終確認をしつつ、我が家の…と言っても1階の共同キッチンと応接室を借り切って、串餅の仕込みをする。

後はたれを塗って焼くだけの状態まで準備だ。


花あられはすでに空調の魔法陣を付与した大きな甕のような瓶いっぱいに入って準備万端だ。

空調の魔法陣のおかげでしけらないから、早くから生産できたのが良かった。

ナオがデザインした亀に乗る女の子のロゴマークを焼印した紙のカップもちゃんと届いているから、あとは当日お客さんが来たら、そのカップに入れてあげるだけだ。


ちょっと苦戦したのはお土産用の瓶詰だ。

事前に作りたい。

けれど、早くに作り過ぎたらしけりそう…

そう思ってこちらにも空調の魔法陣を付与しようかとも思ったのだけど、誰の手に渡るかわからないものに魔法陣を付与することがリスクなのでは?と思った。

魔導具と思われるかもしれないしね。

いや、実際魔法の効果がある瓶だから魔導具なのかもしれない。

そうなると、税金が変わってくるから…やっぱり客の手に渡るモノには付与できない。

単純に今どき魔法陣なんてと馬鹿にされるのが嫌だったというのもある。

ちょっとだけね。


と言う訳で、薬づくりが終わってからは、何か方法がないものかとあれこれ本を読みあさって探していたのだ。

で、見つけた本が『消失魔法』だ。


この本は面白かった。

まぁ簡単に言えば、魔法を使って火や水を出すことが出来るなら、逆に火や水を消すこともできるのでは?と言うのだ。


例えばろうそくの火を消そうとする。

もちろん水魔法で水をかけたり、風魔法で火を吹き消すことはできるけれど、そうではない。

同じ火魔法をろうそくに灯る火に対して使うのだ。

火魔法をかけるのだけど、その時火をどんどん内側に内側にこもるように縮小させる。

これ以上縮小できないところまでくると、火は分解され、失われる。

のだそうだ。


これを読んで、目から鱗だった。

ずっと私は何かを作り出すために魔法を使っていた。

それを消すための魔法だなんて。


早速本に載っていたように、ろうそくの灯りで練習した。

ろうそくに灯る火に向かって、火魔法をかける。

自分の魔力を魔力の器に閉じ込めた時のように、意識してぐっぐっと内側に押し込めていく。


初めてやってみた消失魔法は、やはり初めてだから今までと勝手が違い、消費する魔力がとても大きく、10分もしたらくたくたになってしまった。

しかも、小指の爪ほどの大きさにまではなったけれど、ついに集中力が切れてまたもとの大きさまで戻ってしまったので、消失できてない。

失敗だ。

とりあえず疲れたのでチャイを飲んで、その日の練習は終わりにすることにした。

今はメリンダがいないから、倒れたら最悪の場合孤独死だ。

だから魔法の練習は慎重に。


翌日からは、練習するのにろうそくの火は対象が大きすぎると判断し、1滴の水でトライする。

昨日の感じだとゆっくり魔法をかけるより、力業で押し切ったほうが早いのかもしれない。


そう思った私は、水滴に水魔法を強めにかける。

みるみる小さくなっていった水滴は、最後にぐっと力を籠めるとパンと弾けて消えた。


その後は土魔法でも練習したし、出来るようになったら、水の量、土の量を増やして練習した。

だんだんコツがわかってきて、1度に使う魔力も最初の頃よりかからなくなった。

ろうそくの火にも再挑戦すると出来るようになった。


窓から入ってくる風に風魔法をぶつけると、一瞬無風になった。

勿論風はずっと入ってきているから、私が風魔法をぶつけるのをやめたとたんに再び部屋に風が入るようになった。


だいぶ物にした私は、お土産用の花あられの瓶の中から水分を抜こうと考えた。

瓶に花あられを入れ蓋を閉める。

水魔法をかけようとするが、ここで問題が起きる。


見えない対象にどうやってかければいいのだろう?

これはかなり難航して、瓶の中の花あられを水浸しにしてしまうこともあった。


空気中にある水の粒を想像してみてもダメだった。

目に見えないもの…どうしよう。

あーでもない、こーでもないと悩むこと3日。

唐突に思いついた。


瓶の中と魔法をかける範囲は決まっている。

だから魔法をかけたあと、目で見るのではなく、魔力感知を使って魔法がかかった対象を認識できないかと。


アグア


そのまま目を閉じ、魔力感知を展開。

最初は何も感じなかったけれど、もっともっと意識を集中させると瓶の中でぼんやり薄靄のように光っていた。

これだ。

でも私は知っている。

この靄…つまり湿気は、もっともっと小さな水の粒の集まりだということ。

それをもっともっともっと集中する。

靄みたいなのが点描のように見えてきた。

点もどんどん小さくなり、目は開けていないのに目がチカチカするようだ。


私はその点1つ1つを内側に内側に押し込めていく。

1つ、2つ、3つ…あまりに小さい対象だからか押し込めるとすぐにパンと弾けて消える。

4つ、5つ、6…ふらっとめまいがして魔法が解除された。


はぁっはぁっ…

つ、疲れた…

貴族令嬢としては恥ずかしいとわかっているけれど、よろよろとアイランドキッチンを背もたれに座り込む。

あー気持ち悪い。頭が揺れる。

これは…倒れる1歩手前かもなぁ。

やりすぎた。

何か口に入れなきゃとか、誰か呼ばなきゃと思いつくものの体は動かない。


カランカラン。

来客のベルが鳴る。

誰かわからないけど、お願い入ってきて…


ヴィエント

なけなしの魔力でドアに向かって風をぶつける。

ドン!

ドアは開かなかった。

鍵かけてるから無理か。無駄なことしたなとそのまま意識を手放した。



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