第103話

父様との楽しい日々はあっという間だった。


薬も作らなければならなかったし、ナリス語を話せない私を1年もの間面倒見てくれていたニールさんの家に挨拶にも行った。

私は建国祭も近づいているので、ナオとバイロンさんを交えて屋台の準備もしなければならなかったし、父様は帝国に知り合いがいるようで、何度か挨拶回りに家を空けた。

どこかに出掛けた日は、父様はクッキーやフルーツや花などいつもたくさんお土産を買ってきてくれた。


建国祭で出す屋台について、父様のアドバイスで騎士団に花あられを一緒に差し入れしに行ったこともあった。

宮殿であったときにシャンギーラが帝国になじめていない事を知り、そういう国の品物を扱うなら先に認知度を上げていたほうがいいのだとか。


父様いわく…

「花あられは塩気が効いていてやめられなくなる味だから、汗を流した騎士たちは好きだと思うよ。

それで少しでも気にかけてくれる人がいたら、屋台トラブルになった時に助けてくれるかもしれないだろう?

騎士たちに差し入れするのは一般的なことなのだから、町を守ってくれることに感謝して持って行けばいい。

もちろん依頼ではないから必ず助けてくれるとは限らないけれど、こういう屋台が出ると知ってもらうだけでも儲けものじゃないか?」


たしかに。

これが根回しと言うやつなのかな?

しかも騎士団まで一緒についてきた父様は、差し入れ先の騎士様にさりげなく娘自慢とさりげなくセールストークをしていた。

すごい。

シャンギーラと聞いて少し顔が強張った騎士様も父様と話すうちにすっかり笑顔を向けていた。

父様…そんな才能あったのか。

幼かったから何も知らなかったけれど、きっと父様仕事できるんだろうなぁ。


そんなこんなで1週間半が経ち、今私は父様とアルフレッド兄様と一緒に馬車に揺られている。

もちろんネロも一緒だ。

父様たちは私と違って、カラヴィン山脈沿いに帝国に来たわけではなく、ミオル海を船で渡ってきたのだという。

船なんて…いや海なんて前世以来見ていない私は、父様たちの話に食いついた。

それを見た父様が、「よし!テルミスも一緒に旅行しよう!テルミスに食べさせたいものも、見せたいものも沢山あるんだ」と言い出し、帰国に合わせて帝国側の船着き場まで一緒に旅をすることになったのだ。


この旅で父様とアルフレッド兄様と一緒にいられるのも終わり…そう思うとちょっと寂しい。

ドレイト領を出発した時は、誘拐もあってバタバタと家を出てきた。

王への謁見があったから、父様と母様には会えなかったし、イヴも一緒にいたから寂しさも一気に引っ込んだ。

今回の旅は、一応帝国にお客としてきた父様の帰国と言うことで護衛がついている。

帰りはその護衛たちと帰ることになるので、安全ではあるが…一人っきりで帝都に帰るのはさみしいだろうな。


そんなしんみりした気持ちにもなったのだけど、昼休憩に寄った街で美味しいご飯を食べたら、満腹と疲れでいつのまにか父様の膝の上で寝てしまった。

だって、出発すごく早かったんだから。


「テルミス、おはよう。

そろそろ街につく。

ここは海が近いからね。魚介類が美味しいんだ。

来るときに寄ったレストランもとても美味しかった。

宿を取ったら、すぐにご飯にしような。」


「…はぁい。」

眠い。


宿についたころにはさすがに目覚めてきた。

「お父様!夜ご飯はどちらで食べます?」


「急に元気になったな。

テルミスは魚食べたことないだろう?

まずは、魚のコートレットを食べに行かないか?」


「いいですね。

ハーブやチーズの味わい深く、美味しいよ。

きっとテルミスも気に入ると思う。

前回滞在中に私もベルン様もお気に入りになったんだ。」


お父様とアルフレッド兄様お勧めのレストランでコートレットを食べる。

コートレットは魚にパン粉をつけて揚げ焼きにする料理だった。

アルフレッド兄様の言う通り、パン粉にはハーブやチーズが混ざっているらしく、とても美味しい。


「こっちも食べてみるといい。」

そう言って父様が切り分けてくれたコートレットにはトマトのソースとチーズがふんだんにかかってあった。


「ん~!!!!美味しいです」

トマトとチーズは最強だ。


「このトマトのコートレットで思い出しましたわ。

国境の町ビジャソンで同じような料理をいただきました。

あちらは山に囲まれた地でしたから、中身は鶏でミラネサと言うのですよ。

国は違いますけど、地理的に帝国と近いから料理法が似ているのかしら?

魚のコートレットの方があっさりしてますね。

どちらもとっても美味しいです。」


「鶏のコートレットか。それも美味しそうだな。」


「・・・」

今度作ってみようか?…そう言いかけてやめた。

今度なんてなかった。

この旅が終わったら二人は王国に帰るんだった。


「テルミス?

そうだ!デザートは要らないか?」

そう言って、フルーツを頼んでくれる。

多分不自然に黙ってしまった私を気遣ってくれたんだろうな。


次の日は朝早くから市場に行く。

朝の市場は活気があって、圧倒された。

あちらこちらから声がかかり、大層にぎやかなのだ。


魚を狙ってやってきているのか、海鳥も沢山いた。

ペリカンが口の中でもぐもぐしているから、鳥って歯がないんじゃなかったっけと不思議に思っていたら、近くのお店のおばさんが、魚の向きを整えているのだと教えてくれた。

魚の頭から飲みこむようにしているんだって。

知ってた?


さらに市場を訪れた日は、ちょうどアトンという大型魚が釣れたらしく、広場でアトンの解体が行われていた。

凄い熱気だ。

私一人くらい余裕で丸飲みできる位の大きな魚だ。

「ちょっと切ってみるかい?」とひとりの観客に包丁を渡す。

渡された人は、体格の良い冒険者と思われる男の人で大きな剣を背負っている。

見るからに強そうだ。


だが、その人はアトンを切ることは叶わなかった。

背に背負っている剣を力の限り振り下ろしても、切れなかった。

そして「切ってみるかい?」と誘ったおじさんは、釣った時の状況を説明しながら、何てことないようにすっすっとさばいている。

強そうな冒険者が切れなかったその包丁でだ。

アトンの鱗はとても硬い。

それは知っている。

だから冒険者の彼は切ることがかなわなかったのだ。

でもならどうして?あのおじさんは切れるのだろうか?


おじさん曰く、おじさんはここら辺で代々続く漁師の家系で、アトンを捌く秘伝の技があるのだとか。

だからアトンを捌ける唯一の一族がいるここでしか、アトンは食べられないのだとか。

美味だから食べていって!と言ってショーを締めくくるおじさん。


解体ショーはもうお祭り騒ぎだ。

解体自体も楽しかった上、解体が終われば、切り分けた身を買う人たち、その場で焼いて食べる人たちであふれかえる。

私たちもその場で焼いたアトンを食べてみる。

なに?これ。

とろける…美味しい。

初めて知った。


私はライブラリアン。

いろんな本を読んできた。

ペリカンだって、アトンだって名前は知っていたのよ。

でもあんなふうにもぐもぐして、エサの魚の向きを変えるなんて知らなかった。

硬い鱗をあんなにもスムーズに切っていく技があるとは、しかもあんなにも美味しいとは知らなかった。


学校でも思ったが、私の知らないことはまだまだたくさんあるなぁ。


その後も船に乗ってイルカを見に行ったり、景色の良い高台に行ったりして楽しんだ。

明日はもう出発の日。

寂しくないと言ったら嘘になる。

けれど、仕方のないことなのだ。


そして翌日。

「テルミス。

あまり本ばかり読んで、寝るのが遅くなってはいけないよ。

ちゃんと食べるんだぞ。

またしばらく会えなくなるが、元気でな。」


…。

「はいっ!お父様もお元気で。

この2週間本当に楽しかったです。

訪ねてきてくれてありがとう。」


笑顔でにっこり挨拶できたはず。

そう。

楽しいから笑うのではなくて、笑うから楽しくなるのよ。


「アルフレッド、後を頼むぞ。」


「はい。」


そう言って、父様は帰っていった。

あれ?アルフレッド兄様は帰らないの?






◇作者からのお知らせ◇

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