第100話

「ニールさん。

この服って…?」


「あぁごめんね。

宮殿に入るのに、学生服のままだと何かと噂になるかもしれないし、その結果テルーちゃんに目をつける人がいないとも限らないから。

でも、安心して。

ちゃんと許可は得ているから、正規のルートで入るよ。」


正規じゃないルートとは…?

でも良かった。

悪いことなんてしていないけれど、ルールを破るのはちょっと気が引ける。

そして、目をつけられるってなんだ?


宮殿は、学園から案外近い。

つまり、我が家からもそう離れておらず、すぐについた。

ニールさんが受付でなにやら手続きをし、中に入る。


わぁ~。

なにここ。すごい。

アーチ状の廊下の天井は、すべて繊細な彫刻で彩られている。

祖国トリフォニア王国の王宮には入ったことがなかったが、勝手に金が使われていたり、壁画があったりとキラキラして華やかなものだと思っていた。

ここは、一見すると地味だけれどよく見ればわかる。

天井の彫刻は見事だし、床を敷き詰めるタイルは白とブルー。

色味が統一しているからこその美。

豪華なのに安らぎも感じる。

素敵…こんな場所に来られたなんて夢みたい。


「テルミス。気に入ったのか?」


「はい!

兄様見てください。この彫刻。

はぁ…こんなに素敵なところに来られて幸せです。」


「テルーちゃん、本題はこれからだよ。

大変な話もあるけど、嬉しいこともあると思うよ。」

そう言ってニールさんは1つの扉の前で止まり、ノックした。


「ニールです。」


「入れ」

久しぶりに聞くこの声は、オスニエル殿下。


ドアが開く。

「テルー久しぶりだね。

今日は急に呼び出して済まない。」


「テルー!久しぶりね。

ずいぶん大きくなったわね。」


「殿下、アイリーン様、お久しぶりです。

少し早いですが、ご結婚おめでとうございます。

ニールさんから花あられが話題に出たと聞いたので、持ってきました。

よかったら食べてください。」


「ありがとう。

これがシャンギーラの品で作ったという花あられか。

話を聞いてから気になっていたんだ。

君、これをお茶受けにお茶の準備を。

そうそう。

今日呼んだのは、君に会いたいという人がいたからなんだ。」


私に会いたい人?

誰かしら…そう思って室内を見ると、殿下とアイリーンの対面に3人の男性がいることに気付いた。

一人は屈強な青年、もう一人は見るからに位の高そうなおじさま、そして…


「お…おとう、さま」


「テルミス。

こんなに大きくなって。

元気そうな姿を見て安心した。」


お父様のやさしい声に泣きそうになる。

…私寂しかったんだ。

帝国の暮らしは大変だけど、友人もいて楽しい。

けれど、一緒に暮らしていた家とも、使用人たち、専属たち、孤児院の子たちとも…急に離れなければならなくなって。

寂しかったんだ。


そう自覚してますます泣きそうになったけれど、ぐっとこらえる。

ここで泣いたってみんなを困らせるだけ。

でも、泣くな、泣くなって思ったところで、いやそう思えば思うほどに涙ってのは出てくるものなのよ。

だから。

ふーっと息を出して、にっこり笑う。

無理にでも笑ってたら、楽しい気分になるものだもの。

楽しいから笑うのではなくて、笑ってるから楽しいのよ。


「お久しぶりです。

お父様。

私もお父様の姿をみられて安心しました。

ですが、今日はどうしてこちらに?」


「テルミスに話があってね。

もちろん単純に会いたかったのもあって、オスニエル殿下とアイリーン様の結婚式に参列するメンティア侯爵についてきたんだ。」


「嬉しい。

けれど、お手紙では話せない話なの?」

わざわざ侯爵のお手を煩わせてまでの話なのだろうか?

単純に嬉しいけれど。


「あぁ。手紙で報告では駄目だ。

私もちゃんと会って話すべきだと思うし、手紙で済ませたと言えばマリウスから怒られそうだしな。

まぁ、話は後にしよう。」


?マリウス兄様が怒る?

兄様が怒ることなんてほとんどないのに…いや、前世を思い出してから怒ったところ見たことがあっただろうか。

そんな兄様が…怒る?


「ふふ。では、話の前に紹介してもいいかしら?

父のトレヴァー・メンティア、次期ベントゥラ辺境伯のギルバート様よ。」


「トレヴァーだ。

テルミス嬢、我が娘の命を幾度も助けてくれて本当にありがとう。

ずっと君に礼を言いたかった。

礼が遅くなりすまない。」

そう言って、メンティア侯爵が胸に手を当てお辞儀をされる。


「メンティア侯爵!

そんな頭をお上げください。

偶然アイリーン様にお会いして、お助けしただけでございます。

旅の間は私の方こそよくしていただきました。

それに今の私は平民です。

どうか頭をあげてください。」


「いや、そんなことはない。

君がいなかったら、アイリーンはここに今生きていない。

アイリーンにとっては本当に君に会えたことが幸運だった。

そして、私にとっても。

ありがとう。

今回妻と息子も来ている。

後ほど改めてお礼をさせてくれ。」


そして、入れ替わりに出てきたのがギルバート様。

「私もお礼を言わせていただきたい。

君のおかげで私は救われた。

ありがとう。」


ん?

初対面よね?


「過去類を見ないほどのウォービーズと戦ってくれたおかげで、あの砦に住む者たちは誰1人死ぬことはなかった。

あそこに住むのは魔法の使えないものばかりだったから、君たちが通らねば全滅もあり得た。

そして、スタンピードの時もだ。

あの砦はばっちり魔物の通り道だったのだが、君が村から去るときに施した草の防御壁が発動して、誰一人スタンピードの犠牲にならなかった。

ちょうどその時私も村にいた。

あっという間に草が村を覆い尽くし、最初は閉じ込められたと焦った。

その後ものすごい音、地響きが続き、ようやく草の囲いが無くなったと思ったら辺り一面何もなかった。

命あるものが全てなくなっていたよ。

あの草が守ってくれていなかったら、私も村の人も今生きていないだろう。

本当にありがとう」


あの魔物たちが…村を…

短い間だったけどみんな良くしてくれた。

よかった…守れたんだ。

よかった…みんな生きてる。


「テルミスいいかい?

私からも話がある。

大事な話だ。

お前を誘拐しようとした犯人が見つかったよ。

犯人は…ドラステア男爵だ。

奴は根っからのスキル至上主義者だからな。

テルミスのスキルが気に食わんかったんだろ。」


「っ!そう…ですか。」


レアは大丈夫なのだろうか…

無事を聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちがせめぎ合う。

無事見つかったなら、レアが犯人の一味なのか被害者なのかハッキリしてしまうからだ。


だが、そんな気持ち父様にはお見通しのようだった。


「大丈夫だ。

レアは生きてはいる。

犯人の求めに応じて、確かにお前を呼んだ。

だが、レアの本心じゃない。」


「どういうこと?」


「レアには胸に黒い痣の様なものがあったのは知ってるな。

あれは…呪いと言ったらいいのだろうか。

思考が緩慢になり、簡単なことなら言うことを聞かせられる呪いのような薬の副作用だ。

黒いからといって、ずっと呪いが効いているというわけではないらしい。

現に孤児院にいる頃のレアは普通だっただろ?

ただ呪いがなくなったかどうかはわからん。

何かの拍子に表出するかもしれん。

見つけた時のレアは胸だけじゃなく、腕や首も黒くなっていた。

お前を誘拐するために、呪いの薬を打たれたらしい。」


そん…な…

私のせい?


目の前が暗くなるような気がした。


「よく聞いて。

レアのことは不幸なことだけど、テルミスのせいじゃない。

わかってるね?」


気づけばアルフレッド兄様が背中をさすり、父様が手を握ってくれていた。

理屈はわかる。

けれど心情は別だ。


「…聖魔法では治らないのでしょうか…」


「おそらく。

マティスが孤児院時代に聖魔法をかけていたが、黒い痣は一向に良くならなかったし、発見後も聖魔法をかけたが、痣はなくならなかった。

痣があるだけで何もなければいいが、呪いが残っていたなら厄介だ。

だが、安心しろ。

さっきお前は自分のせいでと責めていたようだが、逆だ。

レアはお前のおかげで助かりそうなんだ。」


???

お父様の言ってる意味が全くわからない。

私のせいで黒い痣だらけになったのに、私のおかげで助かる?ってどういうことなのだろうか。





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