第97話

週末、ナオが用意してくれた調理場はアンナさんの家だった。


「調理場まで貸してもらって良いんですか?」


「イイノ!イイノ!オモチノオカシ、ワタシモキョーミアル!」

まだ片言だけど、初めて海街を訪れた時よりもアンナさんは格段にナリス語を話せるようになっていた。


「ソレニ、エビモチモ、ノリモチモ、オイシカッタ!

ホントニ、アタラシイオモチ、ココデ、ウッテイイ?」


「はい!もちろんです!

あ、でもお客さん驚かせたいので、ここでのお餅販売も建国祭の時に屋台と一緒に販売開始でいいですか?」


「モチロン!オシエテモラッタカラ、テルーチャンニアワスヨ!」


早速プレーンのお餅、海老のお餅、海苔のお餅をサイコロ状に刻む。

あとは油で揚げて、塩を振る。


できた!

「結構簡単なのね。

色も可愛いじゃない!

テルー早速食べてみましょう!」


「うん!

バイロンさん、アンナさんも、はいどうぞ!」


「オイシイ!モットタベタクナルアジネ!」


「うん。これは美味しい。

それにこの調理法なら人を雇うこともできるね。」


「そうなんです!屋台とはいえ、建国祭3日前から当日までの菓子を1人で作るのは効率悪いかなって思ってて。

それに売り子も雇わないと休憩する暇もないですし…」


「人は僕が探してこようか?

ただ、たくさん雇うとなるとかなり売れないと元取れないよ?」


「そうですよねぇ。

そういえば、ひとを1日雇ったらどれくらいの給料でしょうか?」


「うーん4,000〜8,000ドーラかな?」


「アンナさん!お餅はこれいくらで売ってくれる?」


「ウーン、イツモノハ800、エビトノリハ1000ドーラ、ドウ?」


「テルーちゃん、どうやって売るかも考えないと。

瓶詰め?」


「そうですよね…でも瓶だと持ち運びも大変だし、せっかく軽いから、串焼きみたいに気軽に食べ歩きして欲しいのよ。

そしたら食べてる人を見て、またお客さんが来てくれると思うし。

だから…紙で器を作って、その器に海街っぽい絵でも入れるのはどう?」


「いいと思う。

まだ知名度がないから、食べ歩きしてくれる人がお客を呼んでくるのが一番だろうしね。」


「こんな絵はどうかしら?」

ナオがサラサラっと描いた絵は亀にのった女の子だった。

この絵!可愛い!!


「シャンギーラはね。

別名海の宮殿って言われてて、そこには案内役の亀と一緒でなければ行けないという昔話があるのよ。」


「素敵!」


「その昔話なら帝都の人も知ってる人が多いから、その絵で海街との関連付けもバッチリだね。」


「あと問題は…最初のお客をどう呼ぶか…と、販売価格を考えて…」

そう言ってると、何やらお味噌のいい匂いがしてきた。


「チョット、キューケイ、ヒツヨウヨ!」

そう言ってアンナさんが持ってきてくれたのは、小さめのおにぎりとカップに入れた味噌汁だった。


「ありがとう。

いい匂いに釣られてお腹が減ってきたわ。」


「匂いに釣られて…?

それだ!それだよ!ナオ!

いいこと思いついたわ!

アンナさん!おにぎりに使ったご飯残ってる?

胡麻やナッツもあるかしら?」


「テルー?何思いついたの?」


「ちょっと作るから待ってて!」


ふんふんふーん♪

ご飯をすり鉢で軽く潰して、ポシェットから棒を出し、棒にご飯をつける。

あぁ。カラヴィン山脈でよくこの棒に肉を刺して焼いたなぁ~。

よく作ってたから、使えそうな木の枝ストックしてたのよね。

その枝に、まさかご飯をつけて焼くことになろうとは。

棒の先に小判型につけたご飯を直火で焼く。

表面が固くなったらOKだ。

次はタレ作り。

胡桃、胡麻、味噌と砂糖をすり鉢で潰しながら混ぜ、混ぜ。

焼いたご飯に塗りつけて再び焼く。


はぁぁー良い匂い。

お腹空いてきたー!


「なになに?美味しそうな匂い!」


「棒に刺さってるのいいですね。

食べ歩き向きですよ」


そう。私が作ったのは五平餅。

正確なレシピは知らないから、タレとかはこれから要研究だと思うのだけど、やっぱりこの匂いはそそられるよね?

そそられてお店にフラフラお客が集まらないかな?


「出来上がり~!どうぞ召し上がれ!

どう?匂いに釣られてお客さん来ないかな?」


「オイシイ!」


「この匂いは釣られそうですねぇ」


「もうちょっと甘い方がいいかしら?」


そんなこんなで屋台では五平餅と揚げ餅を売ることになった。

この日以降ナオと私は試験前ということで、放課後は一緒に宿題し、帰る間際にお茶をしながら屋台について話すようになった。


土日もどちらか1日は我が家に来て、一緒に勉強する。

もちろん屋台についても話す。

その中で、海街にあるレストランにチャーハンを教えることも決まった。

屋台の影響で海街まで人が流れた時に食べてもらえたらなと思ったのだ。

ナオは申し訳なさそうにしてたけど、海街が人気になったら、屋台の商品も今後手がける海街関連のお店も繁盛するのだから、問題ない。

海街みんなでお金を稼ごう。


こんなに一緒にいるのだから、プライベートの話もたくさんして、ナオとの距離はまたグッと近づいた。

ナオはもう私がライブラリアンだから隣国から逃げてきたことも知ってるし、元々男爵令嬢であることも知ってる。

所作が綺麗だから薄々元貴族ではないかとわかっていたそうだ。

以前はできなかったお兄様たち自慢もできた。

自慢しすぎたのか最近は「はいはい」と聞き流されている気もする。

商会を持ってることも知ってるし、海街感謝祭の時は庭で遊んでいて、不在だったネロとも初対面を果たした。

ナオに対して本当に心許してるんだな。私。

友達だものね。


ネロとの対面の時はびっくりしたな。

ナオはネロ様と呼んで、すごく丁寧に接するのだ。


「あら?テルー、猫飼ってたの?

しかも黒猫様じゃない?」


「うん。この国に来た時出会って、一緒についてきたの。

名前はネロだよ。

黒猫様??」


「シャンギーラの古い伝説に黒猫様が描かれているのよ。

今はその伝説を知らない人も多いけれど、知ってる人なら黒猫様は尊い存在で敬うべきと考えられているわ。

だから私もネロ様と呼ばせていただいても良いですか?」


「にゃ~」


「認めていただき、ありがとうございます。

次はネロ様のミルクも手土産に持って参ります。」


なんて調子で、ナオはネロを敬い始め、本当に次からネロ用のお土産を持ってくるようになったのだ。

びっくり。

飼い主の私はテルーで、飼い猫のネロはネロ様…なんか複雑。

いや、テルー様と呼ばれたいわけじゃないんだけど。

ナオは私の友達なんだからね!


その夜ネロと私がこんな会話をしていたのは、もちろん秘密だ。


「ねぇ。ネロ。

私はこのままネロって呼んでいいのかしら?」


「にゃ~」


「でもナオが良くしてくれるからって、ナオにふらふらついていかない?」


「にゃ?」


「前はどこにでも好きに行っていいのよなんて言ったけど、今はネロがいないと寂しいわ。

いくらナオでもネロが付いていっちゃったら、嫌な気分になるかも」


「にゃーにゃー」

そう言ってネロは私の膝に乗ってきた。


「ずっとここにいてくれるの?」


「にゃ!」


「ふふふ。嬉しい。もうネロ大好き!」


なんで秘密かって?

そりゃ、ナオにネロのことでヤキモチ妬いたなんて恥ずかしいじゃない?

その逆にネロにナオを取られそうで不安になっていたのも…やっぱり知られると恥ずかしいじゃない?

だから秘密。


あぁ。やっぱり私の将来お一人様まっしぐらなのかもしれないわ。

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